「バーチャル」から発想する次世代の「リアル」なデザイン|後編:バーチャル空間用のデザインをリアル化
一昨年、AIで生成した架空のナイキのスニーカーが話題になった。スポーツウェアのイメージとは掛け離れたまるでウェディングドレスのような装飾性がインスタグラム上で好評だった。
アパレルECのLucky Number 8が運営するインスタアカウント@ai_clothingdailyで作品が発表されているが、制作手法などの詳細は不明。営利目的ではなく恐らくナイキ非公認。
イタリアのデザイナーMarco Simonetti氏が昨年AIで生成した、NIKEとフランスのファッションブランドJacquemusの架空のコラボのポップアップストアも実際にあったら良いなと思わせる洗練されたデザインで注目された。
シモネッティ氏は今年、CHANELとREEBOKの架空のコラボスニーカーもAIでデザインしている。
わたしは生成AIで立体物をデザインしたことがなくその力量について詳しくわからないが、出来上がったものを見る限り、有機的な形や装飾表現が得意のようだ。
有機的な形や装飾過多の表現は個性が強くなるため、実際の商品では売れないリスクがあるので敬遠される。もしかしたらそれもあって、こうした架空のアイテムのデザインを発表するクリエーターが現れているのかもしれない。
ファッション業界は、メタバースという新たな市場を獲得した。AI生成ではなく人力によるデザインだが、仮想空間なので強度や機能性といった現実的な制約に囚われず、自由に発想できる魅力がある。
2021年にオンラインゲームFORTNITE用のスキンをリリースしたバレンシアガ。高級ファッションブランドは、次世代顧客となる若年層へのタッチポイントとしてメタバースを有効活用している。
前回は、仮想世界を現実世界に移植する「空間」の新動向に着目
前回の前編では、「空間」にフォーカスし、メタバース(的な)体験がリアルに再現される新たな動向に着眼した。テクノロジーの進化は、仮想空間のリアリティを追求するのに留まらず、バーチャル上の架空体験を実体のある現実空間に移植し始めている。
今年ラスベガスにオープンした球体型のアリーナ施設「Sphere」を筆頭に、現実空間が仮想空間化しつつある兆候についてお話しした。
2日前に発表された、サウジアラビアに建設予定のeスポーツ大型施設「Qiddiya City Esports Arena」の建築も見るものを異次元の世界へ誘いそうなメタバースチックなデザインである。(設計は、Sphereを手掛けた米国のPopolous社が担当)
前編の詳細はこちら↓
今回の後編では、プロダクトにフォーカスし、メタバースなどの仮想空間用のデザインを「実物化」するというもう一つの表現動向について考察する。冒頭で採り上げた生成AIによる架空のファッションデザインは、画面の中で完結しているが、そうではないものも出始めている。まだほんの兆しに過ぎないが、デザイン発想の新たなプロセスになるのではないかと筆者は踏んでいる。
目次
① メタバース(的な)体験をリアルで再現 ⇒前回の前編
② バーチャル空間用のデザインをリアル化 ⇒今回の後編
② バーチャル空間用のデザインをリアル化
ゲームアプリを開発するポーランドのINFINITE DREAMSが2010年に開発した「Let’s Creat! POTTERY」というバーチャル陶芸アプリがある。ろくろでの成形から絵付け、焼結までのプロセスを画面の中で体験できる。出来上がったデジタル作品は、オンラインコミュニティでユーザーが鑑賞したり評価し合ったりして楽しめる。2013年には、このアプリで制作した作品をフランスのSculpteo社が3Dプリンティングで立体成形して現物化してくれるサービスも展開していた。
このように木箱に入れて届けられていた。
作品の3Dプリンティングサービスはもう行っていないようだが、アプリ自体は2019年にVRコンテンツ化している。
デジタル陶芸作品を現物化するこのサービスが実施された頃、「O2O」(Online to Offline)というマーケティング用語が流行していた。オンラインで接触した顧客をオフラインに誘導する販売施策のことで、その後のEコマースの普及でOMO(Online merges with Offline)というネットショップと実店舗を融合させる考えに発展した。
わたしは当時、この陶芸アプリのサービスを「ものづくりのO2O」だと思った。その時は、デジタル画面の中のものが実物になるのはユーザーにとって喜びもひとしおなのではないかくらいに考えていた。が、VRが普及した今になって改めて思い起こすと、時代を先取りしていたように思える。
ファッションから始まるメタバースデザインのリアル化
イタリアの高級ファッションブランド・ドルチェ&ガッバーナは2021年に、ラグジュアリーファッション専門のNFTマーケットプレイスUNXD上で、NFTコレクション「Collezione Genesi」を展開した。出品された9点のデジタル商品は、総額約9億円で落札された。最も高額だったのがこの緑色のスーツ「Glass Suit」で、日本円で約1億1,100万円の値が付いた*¹。落札者にはオーダメイドの本物のスーツも進呈されたそう。
左の画像がNFTのデジタルアイテム、右がそれを実物化したもの。
このデザインが良いかどうかはさておき、バーチャル用にデザインしたものを実物化するという新しい表現プロセスは、ファッションから始まりつつあると感じた。最初から製品化を意識してデザインすると萎縮してしまいここまで大胆な表現はできなそうだが、バーチャル起点ならあり得そうだ(ドルガバの場合、実際の商品でも十分奇抜だが…)。
若年層向けのブランドは、仮想用と現実用の商品をダブルで展開
クローバルワークスやniko and…を運営するアパレル企業のアダストリアは、一昨年からウェブストア「.st」で、同一商品をメタバース用と実際に着る用とダブルで展開している。
Web3ファッションブランドという位置付けで2021年に誕生したブランド「VARBARIAN」もメタバースとリアルで両方着られる商品展開を特徴としている。
いずれも実際に着られることを意識したデザインなので、バーチャルで許容される非現実性はないが、バーチャルとリアルを分けて考える時代ではなくなりつつあることを示す傾向だと感じる。
VR技術でデザインして実物化した腕時計も出現
カジュアルだが高価格帯のイタリアのファッションブランド DIESELは今年、メタバースから発想した腕時計「VERT」を発売した。メタバース上のストーリーと併行して、最新のVR技術を用いてプロダクトのデザインを考案。エイリアンのような不気味な形体は、この腕時計がVR上に登場する戦士に変身するという物語から来ている。
この戦隊モノ的なストーリーが商品の購買動機となるのかは不明だが、こういうデザインの導き出し方があることを教えてくれる事例だ。仮想空間と現実空間のギャップを埋めることを目的としたそう。アニメなどのバーチャル作品が世界的に評価される日本なら、もっと魅力的な製品を生み出せるのではないかと期待してしまう。
そもそもわたしが、仮想空間用に考えられたデザインを現実化するというデザインプロセスが今後増えるのではないかと考えたきっかけは、この商品である。
今月発売されたカシオの「VIRTUAL G-SHOCK NFT」である。メタバース用のNFTアイテムなので実物はないが、架空だからこそ生まれ得たデザインという印象で、これをフィジカルな製品にしたら面白いのではないかと思った。
G-SHOCKの特徴である耐衝撃構造の未来像をバーチャル空間で表現。弾力性のある風船と板バネがモチーフになっている。厳しい検査をクリアしなければいけないので実物化するのは一筋縄では行かないだろうが、もしそれが叶えば欲しいという人は少なくなさそうだ。
新しい表現と体験を生み出すリアルとバーチャルの接近
前編では、仮想空間での体験を現実空間に落とし込むことで、新たな空間価値が創造できるのではないかという仮説を立てた。今回の後編では、バーチャル起点での商品開発に着眼し、製品化のフィージビリティ(実現性)に囚われながら設計するのではなく、敢えてそのことを後回しにして発想することで、これまでにない表現が生まれるのではないかと考えた。
生まれた時からバーチャル空間に慣れ親しむ次世代ユーザーにとって、リアルとバーチャルの隔たりはさほどなく、互いに連携し共存する世界になるだろう。
音楽や映像配信サービスによって、新旧の作品をフラットに楽しめるようになった。
交友関係の始まりも物理的な出会いに限らなくなり、その距離も広がった。
デザインの表現方法も同じように時空を超える時が来るのではないか。
既出の事例にその兆しが窺える。
市場性や機能美を優先した近年の合理的なデザインが感性的な面で若干退屈になりつつある中、それに置き換わるものとしてこの新しいデザイン潮流が浮上してきたのではないか、そんな気がする。
《脚注》
*¹ 参考文献:VOGUE JAPAN「総落札額約6億円のドルチェ&ガッバーナ『NFTコレクション』。その中身は?」2021.10.5
NewsPicksトピックス 2023.12.18掲載記事より転載(筆者:本人)
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