散文日誌「種々雑多」2021/08/24ひと
人を幸せにするというのは、どういうことなのか?
ふとそんな疑問が浮かんだ。
どういう形でもいいから、人を笑顔にしたり、曇った心に小さい火を灯す。そのためにできる事は一体何なのだろう?
人を幸せにする方法は、人によって千差万別である。
モノで幸せになる人もいる。
言葉で幸せになる人もいる。
好きな人のそばにいれば、それでいいという人もいるだろうし、自分のDutyを成し遂げる事で幸せを得る人もいる。
誰かのために生きる事。それもきっとその一つだろう。社会奉仕をするーお金のある人は、利益の一部をそのような団体や、自治体へ寄付をする。ヘアドネーションや募金もある。
困っている他人に対して手を差し伸べる。例えばヘルプマークを持った人が辛そうにしていた時に、「何かお手伝いできることありますか?」と声をかける。勇気がいるかも知れないが、声をかけられた人は、感謝することで、相手を幸せにするだろう。
形のないものほど、どのように表せば良いのか分からない。でも、形がないからこそ、様々な表し方ができるとも言える。
愛情もそうだ。表し方はいろいろ。でも一緒にいれば幸せ、ということには変わりはない。
他人から勇気をもらう。その波動が伝わり、様々な人をまた勇気づける。互いに幸せであること、そこに愛情があること。幸せであるという事は、他人を想う気持ちが無ければ生まれないのではないかと思う。
今日から、東京パラリンピックが始まる。彼らは自分の障害を戦うための武器に変える。その姿に私たちは勇気をもらう。生きる希望を見いだす。
戦う選手たちを見て、しぼんでいた心に小さな火が灯ったなら、それはきっと幸せへの道標になるかも知れない。
物を手に入れる事
病気を寛解させること
行政の助けを受けながら少しずつ立ち直ること
愛する人に出会うこと
信頼できる医師に出会うこと
…
そういうドアの入り口に立つきっかけを作ってくれた幸せをくれる、大切な人はすぐ近くにいる。