第三夜 御簾(みす) 前編
平安時代の、貴族の邸宅の屋内は、現代風に言うと、ワンルームマンションである。
だだっ広い一部屋を、「几帳(きちょう)」と呼ばれる、自立するフスマのようなもので仕切って使う。
寝室は、「御帳台(みちょうだい)」と呼ばれる、天蓋付きベッドのようなものの床に畳を敷き、その上で直に寝る。
その御帳台を室内と隔てるのが、「御簾」と呼ばれる簾(すだれ)である。
姫君が御簾を上げ、公達を招き入れるということは、二人が一線を越えることを意味していた。
もちろん、簾一枚であるから、力尽くで押し入ることに、何の障害もないのだが、それは「野暮」とされる。
拾は、私が上げた御簾の内に入るのを、ひどくためらった。
当然だ。彼は召人にすぎず、召人が御簾の内に入ることなど、許されてはいない。
でも、私は、拾と、湯殿でことを済ませるのは嫌だった。
召人を、性処理の道具として扱う姫君の噂は、いくつも耳にしている。だが、それはあくまで「道具」であり、御簾の内に招き入れるなどということはあり得なかった。
拾は確かに召人であり、公達ではない。だが私は、拾を殿方として愛しく思っており、道具として扱っているわけではない、ということを、はっきりと示したかったのだ。
口にするのは、はばかられるこの思いを、私は、御簾を上げて、拾の手を取ることにより示した。
もう、拾は抗わなかった。
ふわり、と、宙に浮いたような足取りで、御簾の内に踏み入った拾を、私は優しく抱き留めた。
拾は、幼い子供のように、激しく私にしがみついた。