第二夜 拾 後編
俗に、
「男は上淫を好み、女は下淫を好む」
と言う。
男は自分より身分の高い者に欲情し、女は身分の低い者に欲情する傾向がある、という意の言葉である。
上淫を好んだ男の代表としては、かつて自分の主君であった、織田信長の姪である茶々(淀殿)を第二夫人にした豊臣秀吉が挙げられる。
下淫を好んだ女の代表に挙げられがちなのは、「江島生島事件」で知られる、江戸時代の大奥の御年寄、江島であろう。彼女は大奥の権力者でありながら、一介の役者である生島に入れあげ、密通に及んだとされる。
しかし、今よりも性に大らかであった平安時代、貴族男性が侍女に手を付けるのは当然の事であったが、姫君たちが召人に手を付けていたという記録は見つからない。
とはいえ、恋は身分を問わぬもの。いや、身分違いという障害は、恋の炎をますます燃え上がらせる薪(たきぎ)と言ってもよい。
私は、はしたない姫君なのだろうか。
孤閨(こけい)に耐えかね、手近な少年を性の道具として弄(もてあそ)ぶ、悪い女なのだろうか。
だとしたら、私は拾に対して、何とひどいことをしているのだろうか。
違う。
湯殿も嵐も、きっかけに過ぎない。
私は拾を思い、拾も私を思ってくれている。
お互いの舌先から伝わり合う、この情熱が、何よりの証だ。
指。
私のためにまめまめしく働き、あかぎれやひび割れだらけの、拾の指先。
私のためだけに傷ついた、拾の指先。
それが愛おしくて、私は拾の指を、一本ずつ口に含んだ。
指先を丹念にしゃぶり、指の股に舌を這わせる。
拾が、声にならぬ声を上げながらささやく。
「奥方さま……お辞めください……汚うございます……」
私は、拾の指から、名残惜しげに口を離してささやく。
「この指が傷ついたのは、全て私のためではないか」
そして再び、指を口に含む。
拾が、先ほどとはまた違う、声にならぬ声を上げた。