妖艶な女性の声「今出られる格好じゃないの♡...少し待てる?」【キナリ杯お蔵入り】
ピンポーン♪
僕「お荷物お届けに上がりましたー。」
妖艶な女性の声「今出られる格好じゃないの♡...少し待てる?」
僕はドキドキした。暑い夏の日。18歳には刺激が強すぎる。
そう思いながら永遠とも感じられる30秒を待った。
大学生のときの話。
某運送会社で配達の仕事をしていた。荷物の多いエリアでドライバーさんと共にトラックに乗り込み、配達を行う「横乗り」という仕事である。
当時は細マッチョ全盛期。
懐かしい。飲んだことないけど。
合コンで生絞りグレープフルーツサワーを女の子が注文し、半分に切られたそれを絞ってあげる時、適度に隆起した上腕二頭筋をチラリと見せてキャーキャー言われたい!...
そんな思考回路が半分筋肉の筋を通っていた僕はこの配達のアルバイトを
「筋肉がついて、お金も貰えるなんて最高!!!」
と思っていた(運送会社は是非アルバイト募集のキャッチコピーにしてほしい、あまり共感はされないけれども)。
そして何よりアルバイト自体が面白かったのだ。
ドライバーさんがみんな良い人だったこと。
直接お客さんから「ありがとう」を言われる機会が多いこと。...
挙げればまだ何点か出てくるが、1番は
その人の生活が垣間見えること
だったように思える。
Googleマップがあれば何処へでも旅行へ行けるようになったこの時代。
テレビをつければ地球の裏側のニュースがすぐに把握できるようになったこの時代。
インスタントラーメンを食べるかの如く、様々な情報が手に入るこの時代。
1番の未知はあなたのお隣に住むご近所さんの生活なのかもしれない。
僕の大好きな東京ポッド許可局でもそんな『論』が展開されてました。
オススメ!
荷物を渡し、受取のサインを貰う時間は30秒ほど。
この短い時間に玄関から見える景色や匂いはその人の人となりや生活をほわわーんと想像させる。
そんな中で10年以上経った今も忘れることの出来ないひとつの『垣間見た生活』がある。
話は冒頭に戻る。
とにかくその日は暑かった。
ピンポーン♪
呼び鈴を鳴らす。
僕「お荷物お届けに上がりましたー。」
いつもと同じ台詞をいつもと同じトーンで。
ここからが違っていた。
妖艶な女性の声「今出られる格好じゃないの♡...少し待てる?」
箸が転んでもエッチなことを考えてしまう18歳には刺激が強い圧倒的パワーワード。
ここからは女性が出てくるまでの僕の思考を余すことなく書いていく。
えっ!?どういうこと?
今出れる格好じゃないって…こんな暑い日だし絶対冷たい水でシャワー浴びてたな。シャワー浴び終わるかどうかでインターホンが聞こえたとか?
もしかしたらバスタオル巻いただけで出てくるかも。やばっ!エロっ!
なんか声もエロかったし。どうしよう…家上がって麦茶飲んでく?とか言われたら…
ガチャリ
「お待たせしてごめんね~。」
ドアが開いた。
左足だけローラーブレードを履いた女性が立っていた。
僕「あの...ハンコかサインを...」
妖艶改めローラーブレード「サインでもいい?」
カキカキ
妖艶改めローラーブレード「はい、ご苦労さま〜」
僕「ぁ、ありがとうございました(蚊の泣くような声)」
ガチャン!カチッ
ん!?何が起こったんだ...
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
「おれは 奴の裸にバスタオルを期待していると思ったら いつのまにか左足だけローラーブレードを履いていた」
な… 何を言っているのか わからねーと思うが、おれも 何をされたのか わからなかった…頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…
ポ…ポルナレフーっ!!!こんなにも君の気持ちにシンクロしたことはないよ。
狐につままれたような30秒。その女性がどのくらいの歳だったのか…どんな容姿だったのか…何も覚えていない。
人は驚きすぎると、思考が止まるのだと知った。
話はここで終わりである。特に大きなオチもない。
ただ…10年経った今でもふとした瞬間に思い出し、とりとめのない思考のループにはまる。
・何故家の中でローラーブレードを履いていたのか…
・日中のあんな暑い中でやるべき事だったのか…
そして何より
・何故右足のローラーブレードだけ脱いだのか…
答えの出ないこの問いは僕の頭の中をぐるぐる回っている。
ローラーブレードのように…
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