春日井建 水原紫苑 コレクション日本歌人選073 笠間書房
短歌とその作者を巡るシリーズ物の1冊。内容的には非常に優れている。三島由紀夫から激賞されたという今は亡き春日井建について語るのに直弟子・水原紫苑以上に相応しい人はいない。師の短歌とその人生を深く理解し愛情と尊敬の念で紹介されていく。その理解は半端なものではなく深く語るところは広範囲でもある。
私には建のジェンダーの部分が避けたいところではある。その部分の解説なども紫苑は非常に上手でくどさがない。このようなことを書けば「春日井建」その人を受け入れてないと批判を受けそうだ。その通り。春日井健と言う人は、或いは三島も含めて「その部分」を避ければ理解が遠く及ばないのは当然のことである。それ故、深入りせずに語ってくれる直弟子・水原紫苑は正に的確な著者となる。春日井健を知っている人にも知らない人にも、また、有力な歌人としての建を知りたい、その作品を読み理解したいと言う人にも、多くの人にこの本をお勧めしたい。
建について書けば、2冊の歌集を出版して1970年に歌を中断、1984年に復帰したあと青葦で復帰。晩年は病を得て作歌活動を続ける。壮絶な闘病中の2冊は自身の命と母・家族・ジェンダーの友を思う歌が続き、若い頃とは違う静謐な深い作品が多くなる。晩年の井泉、朝の水の2冊が格別に心にしみる。
水原紫苑は、このころの逸話で建に「温泉へ行く」と告げられた時のことを紹介してくれている。秋田・青森の県境、玉川温泉である。知る人ぞ知る、末期のがん患者がすがる思いで辿り着く放射線治療を兼ねた温泉宿である。
失いて何程の身ぞさは思え 命の乞食(こつじき)は岩盤に伏す
咽頭腫瘍を患い闘う姿も文語体ゆえの強さがにじむ。
宇宙食と思はば菅より運ばるる 飲食(おんじき)もまた愉しからずや
同時に涙を誘う寂しい歌もあるが割愛する。