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実体験:子どもは静かに溺れる

あれは小学生の頃。
海のそばに住んでいる割には泳げなくて、練習の結果、静かなプールで仰向けに浮くことができるようになった。
それまで全く浮くことができなかった事もあり、ただ浮いているだけなのに得意になっていた。

その日は家族で海水浴に来ていたのだが、私はなぜか仰向けに浮いたまま、足の届かないブイのところまで行ってみようと思い立った。
書いていて思うのだが「何考えてるんだろうこの子」である。正気の沙汰ではない。

だがその日の私は「いける」と思っていた。
なので特に何も考えずに、仰向けに浮くと沖に向かって手足を動かした。
地元の海水浴場は陸奥湾の最奥で、波はあるが湖と見紛う静かさだ。多少波があるとはいえ背中浮きでもスイスイ移動できた。

とはいえ海なのでタイミングによっては大きめの波が来る。
なにかのタイミングでバシャッと顔に水がかかり、慌てて体勢を崩した私は、ガボッと溺れかけた。

ヤバい、足がつかない。

すぐに沈むわけではなかったが、かと言って浮くわけでもない。標準体重程度の小学生が簡単に浮くわけがない。
私は静かにもがいた。
大声は出せなかった。だって口を開いたら水が入ってくるから。

まだ息は続いているが、小刻みに水面を往復しながらあ、これ終わったかな、と思ったその時、ふいっと体が浮いた。
どうやら屈強な男性が支えて助けてくれているようだ。
当時の身長が120~130cmぐらい、小学生なら足がつかないにしても背の高い男性ならなんとか立っていられる深さだろう。

その人は私を足の付く位置まで連れて行って、危険なことはしないようにというと去っていった。
その人が居なかったら完全に溺れていたわけで、私はお礼を言うと大人しく海から上がった。

溺れかかった場所は、足がつかないとはいえそれほど深い場所でもない。
冷静に大きく息を吸って一旦海中に潜り、方向を見定めて必死に手足を動かせばすぐ足の付く位置に戻れたと思う。
でもパニックになるとそういうところまで考えが及ばない。
ほぼノーダメージで助かったのはただの幸運で、下手をすれば安全なはずの海水浴場で溺れ死んでいたかもしれない。

あの男性はおそらく「子どもがなにか変なことをしているな」と感じて様子を見ていてくれたのだと思う。
海水浴客は多数いたが、見知らぬ子どもを気にかける人などほとんど居ない。直ぐ側とはいえ静かに溺れていれば、完全に沈むまで気づかれなくてもおかしくなかった。
様子を見ていればこそ、大事になる前に助けてもらえたのだと思う。

自分で体験したせいでよく理解できるのだけど、溺れる時は本当に静かだ。
暴れるわけでもなく、大声で叫ぶわけでもない。
小学生ですらろくに動けず沈むところだったのだ。幼児なら固まっているうちに溺れ死んでもおかしくない。
パニックになって慌てて動けないでいるうちにそのまま沈んでしまうのだと思う。

溺れかけた自分だからこそあえて言うのだが、海に限らず大きな水のある場所では、子どもから目を離さないでいてほしいと思う。
助けるチャンスはほんの一瞬だから。


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