なるほどネ〜

『いいよ』という言葉に許可の意味も拒否の意味もあるように、日本語には独自の表現が多く、理解が難しい言語とされている。

大学時代にアルバイトしていたインドカレー屋には、ネパール人コックさんが2人働いていた。彼らは日常会話は日本語でできるが、漢字の読み書きや日本語的な表情は使いこなせなかったので、何気なく会話していると無意識に彼らがわからない言葉を使ってしまい「ペイさん、それ何ですか?」と聞かれることもあった。
ある時、『なるほど』という言葉の意味を聞かれたので、私は「なるほどはOKとかunderstoodみたいなミュワンス」と教えた。するとコックさんは「なるほどネ〜」と早速使ってみましたよ?どうですか?といった笑顔で答えた。こんなことがよくあった。ある時は「どっちでもいいよ」、ある時は「あっち」と「そっち」たくさんの日本語を教えた。新たに言葉を覚えて喜んでいるコックさんを見ているのが、すごく好きだった。
ある日の営業終わりの片付け中、混雑時にも関わらずテキパキと仕事をしないオーナーの愚痴をコックさんとしていた。普段優しいコックさんも「バカネ〜オーナー仕事してないネ〜」と飽き飽きという様子だった。私も腹を立てていたので、「あいつ仕事しないよね!ダメだよね!」と返した。するとコックさんから「あいつはなんですか〜」と尋ねられた。『あいつ』も日本語的な表現だったか、そんなことを思いながら「あいつはオーナーのことだよ」と教えた。「あいつ仕事しないネ〜」これまた早速使ってみました笑顔で答えるコックさん。可愛らしい。そんな愚痴話をしながらその日の勤務を終えた。
翌日、この日も朝からシフトを入れていた私はオープン前の店に入って行くと、聞き慣れたコックさんの声で「あいつーあいつーあいつー」と聞こえた。すぐに裏方でバイトの服に着替えてフロアに出てみると、昨日『あいつ』の意味を教えたコックさんが、レジでお金の計算をしているオーナーに向かって「あいつー」と呼んでいるのだ。私が「あいつ=オーナー」と教えたせいで、『あいつ』が人を指す言葉としては良くないものという認識なしに使ってしまっていた。オーナーを『あいつ』呼びしていることがバレたら、コックさんはもちろん私の信用問題に繋がりかねないため、焦りに焦った。幸い、オーナーには気付かれていなかったため、急いでコックさんの元に駆け寄り、『あいつ』は呼ぶのに適さないこと、オーナーがいる時は使ってはいけないことを必死に説明した。
一件落着、ホッと肩を下ろした私にコックさんはいつもの笑顔で一言
『なるほどネ〜』

絶対に今じゃない。

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