ウロボロスの遺伝子(4) 第1章 内閣府危機管理局③
東北三大祭りの一つである仙台七夕まつりは、地元では『たなばたさん』と呼ばれ、例年八月六日から三日間にわたって行なわれる。商店街の軒先には、織姫の織り糸を象徴する色とりどりの吹き流しが、五本セットで一本の竹竿に飾り付けられている。その他にも、商売繁盛や学問の上達を願う様々な飾り付けが行なわれている。
十年前の七夕祭りの初日、当時高校三年生の赤城は、仲の良い高校の友達二人と仙台駅で待ち合わせをしていた。この日のために、普段は滅多に着ない浴衣を着て、三人は中央通りのアーケード街にある七夕飾りを眺めながら歩いていた。秋田の竿燈祭りや青森のねぶた祭りと比べると、仙台七夕まつりは熱気がないと言われることもあるが、引っ込み思案な性格の赤城には、七夕まつりの落ち着いた雰囲気が性に合っていた。特に買い物をするわけでもなく、仲の良い三人で他愛もない話をしながら、赤城は日頃の受験勉強のストレスを解消していた。楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付くと夜九時を過ぎていた。
「もうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃ」友人の一人がスマートフォンの時間を見ながら言った。
「そうだね。じゃあ、またね。バイバイ」小さく手を振りながら、赤城は自宅の方向が違う二人と別れてバス停に向かった。
バス停に着くとタイミング良くバスが留まり、赤城はほとんど待たずに自宅方面行のバスに乗ることができた。少しばかりの幸運に「ラッキー!」と小さく心で叫んだ赤城だったが、祭りの影響で観光客が多いこともあり、この時間帯にしては、バスはいつになく混んでいた。座席はすでに乗客で埋まっていたので、赤城は近くの手摺につかまり、自宅近くのバス停に着くまで立つことにした。
バスに乗って五分経った頃、赤城は自身のお尻付近に何かが接触しているような違和感を覚えた。最初は、混んだ車内なので乗客の誰かの荷物が触れているのかとも思ったが、徐々にその違和感は大きくなった。赤城は、それが痴漢行為だと認識するまでに少し時間がかかった。意を決して恐る恐る隣を見ると、スーツに身を包んだきちんとした身なりのサラリーマン風の男性が立っていた。
赤城は、「痴漢です」と大声で叫びたい衝動とは裏腹に、体は恐怖で硬直して、声を出すことは愚か、その場所から動くことすらできなかった。実際には一分も続かなかった痴漢行為は、赤城には数十分にも感じられた。その痴漢男は、自分が降りるバス停まで来ると、痴漢行為をやめて、何事もなかったかのようにバスを降りて行った。赤城は、恐怖でその痴漢の顔を見ることさえできなかったので、男の顔の記憶は全くない。