ウロボロスの遺伝子(6) 第2章 星久保村①
翌日は快晴だったが、奥多摩では昨夜遅くに雪が降り、山々の頂きは薄っすらと雪化粧されていた。奥多摩とは、東京都西多摩郡奥多摩町を中心とする東京都西部の山岳地帯を指す言葉で、その西端には東京都の最高峰である雲取山がそびえている。危機管理局の公用車を運転している黒田が、車窓に広がる奥多摩の景色を見ながら赤城に聞いた。
「美しい山並みを見ていると、田舎を思い出すなぁ。赤城主任の出身地はどちらですか?」
「宮城県の仙台です」素っ気なく赤城が答えた。
「そうですか。僕は北アルプスの山々が見える奥飛騨です」
「奥つながりで、奥多摩には何だか親近感がわきます。故郷の北アルプスほど山々の標高は高くないですが、ここも中々いい景色ですね」黒田が赤城に同意を求めた。
「水や空気もおいしそうですしね」赤城が渋々応えた。
「私の実家は、奥飛騨温泉郷の平湯(ひらゆ)温泉で小さな旅館を経営しています。平湯温泉の近くには、北アルプスの清流を集めた落差64メートルの平湯大滝や、クマのテーマパークであるクマ牧場もあるんですよ」黒田がニコニコしながら自慢げに言った。
「それは良かったですね!」どこか緊張感のない黒田にイライラして、赤城が強い口調で応じた。
「ところで、赤城主任はどうして内閣府危機管理局を希望したんですか?」と黒田が聞いた。
「話さなきゃ、いけないかしら?」
「パートナーを組んだばかりで、お互いに知らないことが多いので、できれば理由を知りたいです」
「わかったわ。――東日本大震災は、もちろん覚えているわよね」
「当然ですよ。私はその当時の勤務地が浅草でしたが、東京でも地震の揺れがかなり大きかったことをよく覚えています。あの時は、交通機関が麻痺して、家まで歩いて帰る帰宅難民を誘導する交通整理に駆り出されて徹夜しました」
「私の祖母は釜石に住んでいたんだけど、地震後の津波で亡くなったの。といっても、津波に巻き込まれたのを近所に住む親戚が目撃しただけで、まだ遺体は見つかっていないわ。正式には行方不明ね」と赤城が悲しげに答えた。
「祖母は、津波警報が出た後に親戚の叔母さんと一緒に高台へ避難する途中で、津波に飲まれたらしい。途中まで一緒だったけど、叔母さんも逃げるので必死で、振り向いたときには祖母の姿が見えなくなっていたと、涙ながらに話してくれたわ」
「嫌なことを思い出させて済みません」と黒田が謝った。
「謝る必要はないわ。それから、福島原子力発電所の危機管理の甘さや、事故後の対応についても、個人的には納得していないわ」
「それが、危機管理局を希望した大きな理由の一つね。同じ質問を返すけど、黒田さんはどうして危機管理局を希望したの?」
「笑わないで下さいね。私は子供の頃から、戦隊ヒーローに憧れていたんですよ。絶体絶命の危機に颯爽と現れる正義のヒーロー。カッコいいとは思いませんか?」
「確かに、もう駄目だという危機をズバッと解決できればカッコいいわね。でも、現実はそんなに甘くないわ。作り話のように、そう簡単にはいかないわ」