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サンタクロースの危険性

サンタクロースなんていないと思っている方も多いし、

いると思っている方も多い。

存在の証明とは非常に難しい。

何を持って存在するとするかによって、大きく変わってくる。

・触れる

これが、一番簡単な存在確認である。

触れることで認識をするのだ。

しかし、最近は、この触れるということも単なる電気信号であることが確認されている。

つまり、「触れる」は、人工的に作り出せるのだ。

接触デバイスから認識することで存在しないものでも触れることができる。

「皮膚感覚」も脳のバグになりつつある。

・触れるの拡張が、五感だ。

視覚・聴覚・味覚、・・・

全部、神経系のバグだ。

バグを作り出すことで、再現が可能となる。

では、そのほかに「存在」の証明は可能であろうか?

記憶か?

記憶はすでに曖昧なものになりつつある。

すると、

何か、

六感か?

もうそうなると、存在の定義そのものが曖昧になっていることに気づき始める。

つまり、「存在」の証明とは、科学的に難しい状態になりつつあるのだ。

しかし、そんなサンタクロースもこんな風に「存在」することができる。

とある掲示板の回答

質問内容
「サンタは本当にいるの? と子供に聞かれたときに、どう答えるのが一番いいでしょうか」

回答内容
『サンタはいます。ただ、最近はプレゼントはサンタが直接は関わっていないことも多いんです。昔のようにサンタさんがおもちゃを作り、運び、配っていた時代とは変わりました。まず家の中に入れません。煙突とかないし、鍵かかってるし、そもそも勝手に入ったらダメだし。サンタがプレゼントを持ってきたとしても、玄関で親御さんを呼んで受け渡して、サンタさんの代わりに置いてもらうことになります。そして何より子供の欲しがるものが市販品になったことです。「ゲームが欲しい」とか「スマホが欲しい」とか、こうなるとサンタさんも作れません。サンタさんに作れないなら、「私たちが代わりに作りますよ」とたくさんの企業が作ってくれているわけですが、全国へ運ぶところも運送会社がそのままサンタさんに代わってやっています。つまり、プレゼントを製作して、輸送して、枕元に置くところまで全て「サンタさんの代わりに私がやりますよ」という人たちだけで済んじゃうんです。一人のサンタが全てを行うのではなく、力の小さいサンタ役の人がちょっとずつ役割分担しているわけですね。トナカイで世界中を回るというのは、残念ながら今はイメージだけです。ただ言えるのは、今サンタの代わりにプレゼントを作っている人も、「このプレゼントを受け取った人が幸せになったらいいな」と思いながら作り、運んでいる人も「このプレゼントを受け取った人が幸せになったらいいな」と思いながら運び、枕元に置く人もあなたの幸せを願って置いているんです。サンタクロース一人だけがあなたの幸せを願っているのではなく、他にもとてもたくさんの人が子どもたちの幸せを願っているからこそ、枕元にプレゼントが届くんです。それはとてもとても素晴らしいことですよ、本当に。あなたも将来、こうしたサンタの代わりを担うことがあるかもしれません。人に幸せを与える側に参加できるというのは、これもまた素晴らしいことなので、機会があったらぜひどうぞ』

ここから感じることは、

みんなの心の具現化だってこと。

つまり、こういうこと

「形」があるから存在している

のではなく

「心」があるから「存在」をしている

と解釈することができる。

存在の証明を科学的にすることはできないが、
存在は、心理的に証明することができる。

心理は、具現化して、形をなす。

優しさってのは、形、サービスで伝わる。

つまり、科学(物)ってのは、心を伝える媒体なんだと思う。

心は具現化してないが、形となり伝えることができるという物だ。

そして、心は科学で証明できない。

そりゃそうだ。

コップの水からコップが見えないように

外からの観察がないとコップと水の全体を知ることはできない。

心という器の中の水という科学がいくらコップを証明しようとしても無理なんだよ。

そして、それは

1次元の人が2次元を見ることができず
2次元の人が3次元を見ることができないのと同じように、

科学と心は次元が違うんだなと認識する。

そんな、ことまで思いを馳せてしまわせる

サンタクロースってなんて危険な存在だ。


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