三部作:新説・本能寺の変② 光秀とタロット占い師
《登場人物》
宣教師(40) ポルトガルから来た宣教師。口調を面白く。
《あらすじ》
時は戦国、天正十年五月のある日、堺に住むポルトガル人宣教師の洋館
に、明智光秀が訪ねてくる。光秀は宣教師に得意のタロット占いで自分の
未来を占って欲しいと頼むのだが――
堺にあるポルトガル人宣教師(40)の館。
宣教師、部屋の片付けなど来客に備え準備している。
※ 宣教師の口調はユーモラスに。
宣教師「おい、ミケ、ニャーオじゃない、お前はお庭に行ってなさい(猫を
抱きかかえ)定吉さん! ホラ、ミケを遠くに連れて行ってください、こ
の間信長さまが来た時このミケが信長様のお顔を引っ搔きそうになって、
危うく私は切腹になるとこでした……ですからミケはそう、こちらへ来な
いように連れてって下さい、今日は大事な大事なお客さんいらっしゃいま
すからね、失礼ないようによろしくお願いしますよ……それから今日のお
客さんはお忍びでいらっしゃいますからくれぐれも人に言わないようにし
て下さい。え? 誰が来るかって? それは言えません……え? (小指
を出して)これ? って何ですか? これは? え? 何言ってるんです
か、わたし宣教師です、定吉さん、わたしあなたみたいにヤリチンじゃあ
りません、オージーザス、汚い言葉を使ってしまいました、神よお許しく
ださい(手で十字を切る)……」
SE(呼び鈴の音)。
宣教師「あ? いらしゃいました、お客様です」
宣教師、部屋を出て行き、客の明智光秀を連れ部屋に戻って来る。
宣教師「お久しぶりです、光秀さん、ようこそいらっしゃいました、どう
ぞ、こちらへおかけください、はい、この家は信長様に作っていただきま
した西洋風の館です。ありがとうございます。はい、日の本の大工の腕、
素晴らしいです。私の古郷ポルトガルにもこんな素晴らしい建築はなかな
かありません。光秀さん何か飲まれますか? え? 何か変わったものが
飲みたい? そうおっしゃると思って光秀さんにとっておきのもの用意し
ておきました。(ドリンクを出して)カルピスウォーターとカルピスソー
ダとカルピス完熟トマトです。さぁ、どれにしますか? OH! 完熟ト
マト! さすが光秀さん、そちら新発売の商品です、どうぞ、ああ、微妙
な味……? 私もそう思います……ところで、お話というのは? え? 西
洋の占いをやってみたい……私の占いがよく当たるという噂を聞いて、や
って来た……おーそうですか、ありがとうございます! 光秀さんが仰っ
ているのはこのタロットカード占いのことですね?」
宣教師、ポケットからカードを出して見せる。が、間違えて水道修理
のマグネット広告を出してしまう。
宣教師「……どうしました? 水のトラブルいつでも解決、あなたの街の水
道屋?(カードを確認し)OH! 失礼しました、これは昨日厠が壊れた
ので修理を頼んだところでした(笑)、利休さんに紹介してもらった業者
です、『暮らし安心』ってやつです、OH、なぜこんなとこに? いえい
え違います、私がお見せしたいのはこのタロットカードのことです」
宣教師、ポケットからカードを出して見せる。が、今度は間違えてピ
ンサロの女の子の名刺みたいなものを出してしまう。
宣教師「……どうしました? おさわり茶屋桃源郷? 花びら大回転? O
H! 失礼いたしました、これはこの前古田織部さんに連れて行ってもら
ったところです、それがなぜここに……?」
宣教師、ポケットからタロットカードを出し、今度はしっかり確認し
て見せる。
宣教師「……今度は大丈夫、三度目の正直です、前の二つはちょっとしたボ
ケです、忘れて下さい、これがタロットカードです、この神秘なるカード
は普段はあなたの心の奥深くに眠っている潜在意識を引き出しあなたの進
むべき道を示してくれます。ええ、本当です、信長様はこのタロットカー
ドのおすすめ通り楽市楽座をやって大成功しましたし、最近では秀吉さん
もこのタロットの教え通り鳥取城を兵糧攻めして見事勝利されました、こ
のカードの教えは百発百中です、光秀さん、いったい、あなたは何をお悩
みですか? ん? ええ……はい……大きな決断を……なるほど、そうです
か……分かりました、それでは私がこのカードを使って光秀さんの未来を
占ってみましょう、そのためにはいくつかの情報が必要です、光秀さんあ
なたの生年月日を教えてください……はい、享禄元年、3月10日……は
い、では次に初体験は? はい、初体験です、ぜひ必要な情報です、は
い、15の時、相手は隣村の人妻と? OH、光秀さんなかなかヤリチン
ですね、OH、失礼いたしましたまた汚い言葉使ってしまいました(手で
十字を切って)お許しください、では次に、目玉焼きは醬油派ですか?
それともソース派ですか? え? ソースとは何かって? OH、これは
驚きました、光秀さま、ソースをご存じない……そーっすか(笑い出し最
後には爆笑)、わたし今、『ソース』と『そうですか』をかけてみまし
た。そーっすかって……(光秀が全く笑ってないのに気付き)あれ? 光
秀さん、面白くないですか? わたし今、かなり面白いこと言いました、
日本に来て一番笑いました、はい? 今の、どのあたりが面白いのか説明
してくれ……? ああ、結構です、冷静に振り返ってみるとそれほどでも
なかったようです……では質問に戻ります……あなたは和食と洋食どちらが
好きですか? あーはい、和食、はい、わたしも和食大好きです、この間
教会で食事しようと思ったら和食が用意されてなくて思わず『わー、ショ
ック』と言ってしまいました。あー、気にしないで下さい、今のダジャレ
はかなりレベルが低いものでした…………え……? 光秀さん……? 爆笑し
てるじゃないですか? 今のそんなに面白かったですか? 和食と『わー
ショック』を掛けたのが……? おしっこもれそう? こ、困りますここ
でおしっこは困ります、え? そこまでですか? 光秀さんの笑いのツボ
とっても謎めいてます……はい……あぁ、そうです、まぁ、冗談はさて置
き、タロットを始めましょう」
宣教師、タロット占いを始める(タロットの細かな段取りはお任せし
ます)。
しばし、このカードを引いてとかやり取りがあって――
宣教師「ああ……うーん……光秀さん、あなたものすごい大きな決断をされる
ようですね、あなたの前に大きな荒れ狂う波が見えます、しかし、その波
を恐れず舟を漕ぎだしたその先に……あなたには素晴らしい未来が待って
いるでしょう……ええ、そうです、黄金に輝く大地が見えます、はい、も
し迷っているならおやりなさい、ということです……どうしました?
え? 今一つ踏ん切りがつかない? そうですか……光秀さん、あなたは
まだこのカードの力をご存じないようです……ではあなたにこの話をご紹
介しましょう……昔々カルタゴという国にハンニバルという将軍がいまし
た。ハンニバルは世界最強のローマ軍を倒すために絶対不可能と思われた
アルプス越えを強行しローマ軍を倒しました、その時アルプス越えを行う
かどうか迷ったハンニバルが頼ったのがこのタロット占い、そしてハンニ
バルが引いたカードがまさにこれ、光秀さん、今あなたの目の前にあるの
と同じカードです……光秀さんあなたはあのハンニバル将軍と同じ運命を
たどろうとしています、はい、そうです、あの世界最強と言われたローマ
軍を破った歴史に残る名将です。……いかがですか……? (たっぷり間を
とって悩む光秀を見つめる)はい? (握手を求められ手を出し握手)そ
うですか……胸のつかえがとれたようだ? いえいえとんでもございませ
ん、わたしはこのカードが示す道を読んだだけです、はい、それでは、幸
運を祈ります、いえいえ、褒美なんて、こんなにたくさん、困ります、は
い、分かりました、ではありがたくいただきます(褒美の小判を受け取
り)、それではお気を付けて」
宣教師、上手へ歩き、舞台袖に向かって手を振る。そして中央に戻っ
て来る。
宣教師「これでよろしかったですか? 秀吉さま?」
宣教師、隠れていた秀吉が出て来るのを見ながら、
宣教師「光秀さんは決心したようですよ、あなたも悪い人です(微笑)、
え? お前ほどではない? (微笑)そうかもしれません、お互い様で
す、では、お約束の褒美をいただきます(小判を受け取る)。光秀様が信
長様を打ち取ったらどうなされるおつもりですか? まあ、それは、聞か
ないでおきましょう。え……? わしの未来をそのカードで占ってくれ?
(笑)秀吉さん、実はわたしこのカード昨日堺の市場で買ってきたばかり
なんです(笑)、そうです、未来なんて誰にも分かりません」
宣教師、不敵な笑みを浮かべる。
暗転。
《完》