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【脚本】東京お散歩ソムリエ(後編)
○ どんよりとした曇り空に光る稲妻
○ 道路
鳴り響く雷の音。
うち付ける土砂降りの雨。
雨の中を走る歩美とゲンさん。
○ 六義園・サービスセンター・前
建物の庇の下で雨宿りする歩美とゲンさん。二人ともびしょ濡れ。
歩美「ああーもー最悪、びしょびしょで気持ち悪いよー……」
びしょ濡れの歩美のスニーカー。
ビチョビチョのパーカーを脱いで絞る歩美。水が滴り落ちる。
歩美「あ!」
ゲンさん「?」
歩美「あー、ベランダに洗濯物干しっ放しだ」
○ 歩美のマンション・ベランダ
雨に打ちつけられる歩美の洗濯物。
○ 六義園・サービスセンター・前
しゃがみ込む歩美。
歩美「あーもーホント最悪……。せっかくいいお散歩だったのにー……」
ゲンさん「ちくしょー、ひでー雨降らせやがんなぁ……」
歩美の隣、空を見てつぶやくゲンさん。
激しく打ち付ける雨。
歩美M「あぁ……なんでこうなるんだろう……? やっぱり私はツイテない……せっかくいいお散歩だったのに、これで全てが台無しだ……私の人生いっつもこうだ……」
○ 小学校の校庭(以降歩美の回想)
運動会のリレー。走る歩美(10)。
歩美N「小学校の運動会のリレーでも……」
ゴール寸前で転ぶ歩美。
歩美N「ゴール寸前で転んでビリだったし……」
○ ライブハウス・ステージ
歌って踊るレインボーガールズ。
歩美N「レインボーガールズの活動もそうだ」
○ スタジオ
ジャケット写真の撮影をするレインボーガールズ。センターには一番
人気のレナ。
歩美N「ようやくメジャーデビューを果たし、よしこれからだ! とやる気満々なところで……」
○ ジャケット写真
出来上がったジャケット写真、センターのレナの顔に「脱退」のスタ
ンプが押される。
歩美N「一番人気のあるレナの脱退が決まった……」
○ 六義園・サービスセンター・前(歩美の回想戻り)
しゃがみこんで溜め息を吐く歩美。
歩美M「はぁ……いっつもそうだ……いいことの後に必ず悪いことが待っている。全部上手く行ったためしがない。やっぱ駄目なのかなあ、私……」
激しく地面に打ち付ける雨。
声(ゲンさん)「やっぱ駄目なのかなぁ、私」
歩美「!」
ゲンさん「そう思ってたじゃろ?」
歩美「もう! 勝手に人の心読まないでよ」
微笑むゲンさん。
激しく降る雨。
ゲンさん「ワシはな、人生はプラマイゼロだと思ってんだ……」
歩美「プラマイゼロ?」
ゲンさん「ああ……」
ゲンさん「どんな選択をしてもプラスの面もあればマイナスの面もある。例
えばこうお散歩してる時、前を歩いてる女子高生のスカートがヒラヒラ
ってなってパンツが見えてラッキーと思ったら蓋の開いたマンホールに
落っこちゃったりな……」
歩美「なにその例え(笑)?」
ゲンさん「とにかくプラマイゼロなんじゃよ、この世の中。飛行機も新幹線
もあってあっという間に遠くへ行ける便利な世の中になったけど、それ
と引き換えにインフルエンザウイルスもコロナウイルスもあっという間
に世界中に広まっちまうようになった。それもプラマイゼロだ……」
激しく降る雨を見つめるゲンさん。
ゲンさん「何をやったってプラマイゼロ。どうせプラマイゼロなら、そのゼ
ロを自分が好きだと思えるゼロにすればいい。ワシャそう思って生き
てきた……」
歩美「プラマイゼロ……」
激しく降る雨を見つめる歩美。
○ ダンススタジオ(以降歩美の回想)
鏡の前でダンスの練習をするレインボーガールズ。振り付けが揃って
いない。
歩美「ホラ! また違ってる! 気合入れようよ!」
歩美(声)「私は何でもプラスにしなきゃいけないって思い過ぎてたのか
な……?」
鏡の前、一人居残りでダンス練習をする歩美。
○ ステージ
歌って踊るレインボーガールズ。
「涙の後にレインボー、私達レインボーガールズです!」の自己紹介
と決めポーズをするレインボーガールズ。
歩美(声)「自分が好きだと思えるゼロか……私の好きなゼロはどんなゼロ
なんだろう……?」
○ 六義園・サービスセンター・前(回想戻り)
しゃがんで物思いにふける歩美。
声(ゲンさん)「お、止んできたぞ」
歩美「?」
隣で微笑むゲンさん、顎で空を指す。
立ち上がって空を見上げる歩美。
○ 同・園内
晴れ上がった青い空。
池の上を羽ばたいて行く鳥の群れ。
池の周りをお散歩する歩美とゲンさん。
石橋の上、スマホで自撮りする歩美。ゲンさんにも入るように手招
き。一緒にポーズをとる歩美とゲンさん。
歩美「あ! 虹だ!」
青空に架かる虹のアーチ。
歩美「ゲンさん、ホラ!」
ゲンさん「ああ」
歩美「ゲンさん、あそこに上ってみようよ」
歩美、藤代峠という小高い山を指差す。
階段を一気に駆け上がる歩美。
頂上へ着いた歩美、振り返る。
と、空に大きな虹が。
歩美「……なんて綺麗なんだろう……」
息を切らせて上って来るゲンさん。
ゲンさん「おお、こりゃ凄いな……」
○ 回想
「涙の後にレインボー、私たちレインボーガールズです!」の自己紹
介と決めポーズをするレインボーガールズ。
○ 回想戻り
虹を見つめる歩美。その頬を涙がつたう。
歩美「涙の後には虹が架かるんだよね……忘れてた……」
ゲンさん「(頷く)」
青空に架かる大きな虹。
歩美「ゲンさんが言ったことホントだったね」
ゲンさん「ん?」
歩美「プラマイゼロ……だってあの雨に降られなかったらこの虹見られなか
ったもん」
ゲンさん「そうだな……」
虹を見つめる歩美とゲンさん。
○ 本郷通り・歩道(夕方)
夕焼け空の下、駒込駅に向かって歩く歩美とゲンさん。
駅前の横断歩道、信号が赤になる。
立ち止まる歩美とゲンさん。
歩美「ゲンさん、今度他のお散歩コースも教えてよ」
ゲンさん「ああ。あ、でも、うーん……」
歩美「なに? どうしたの?」
ゲンさん「いや、やっぱお散歩っつーのはよ、人に教えられたコースより自
分で自分なりのお散歩コースを開拓した方がずっと楽しいもんなんだ
よ。地図を見て、自分で行きたいとこ選んで、ここでお昼を食べて、こ
こで買い物してとかな……」
歩美「ふーん、そういうもんか……」
ゲンさん「そういうもんじゃ」
歩美「なんか、人生みたいだね」
ゲンさん「ああ、人生みたいじゃな(微笑)」
信号が青に変わる。
歩き出す歩美とゲンさん。
○ 駒込駅・前(夕方)
駅に向かって歩いて来る歩美とゲンさん。
立ち止まる歩美。
歩美「あ、ゲンさん、私ちょっと寄って行きたいとこあるから」
ゲンさん「ん?」
歩美「ジャ―ン!」
リュックから「染井温泉」と書かれたチラシを出す歩美。
歩美「これ巣鴨の商店街に置いてあってさ、……せっかくだから今日これか
ら行っちゃおうかなって思って」
ゲンさん「ほお……ハハッ、なかなかやるな、それがお散歩の醍醐味さ、フ
ラッと気になったとこに行ってみるってのがな」
歩美「ゲンさんも行かない?」
ゲンさん「いやー、ワシはもう風呂入ったら寝ちゃいそうだからよ」
歩美「そっか、じゃあゲンさん、今度は私が考えたお散歩コースに付き合っ
てよ」
ゲンさん「お、いいな」
歩美「ゲンさんが知らない世界案内してあげる」
微笑んで頷くゲンさん。
歩美「じゃあ、ありがとう、またね」
ゲンさん「ああ、またな」
駅に入って行くゲンさん。
手を振って見送る歩美。
歩美「東京お散歩ソムリエか……そんなんで食べていけるのかな……? あ、
そう言えば私一銭も払ってないし……ま、いっか……今度あの屋体でおご
ってあげよう。よし、それより、温泉、温泉!」
温泉へ向かって歩き出す歩美。
笑顔の歩美。
○ 天国エネルギー省・外観(昼)
○ 同・会議室の前の廊下
廊下に響く晴男の声。
声「いやー和也くん凄い、チョー凄い! ブラボー、素晴らしい仕事ぶりで
す……」
○ 同・会議室・内
現世から戻った和也、宇宙服のようなユニフォームを着て椅子に座
り、ゲンさんの顔の特殊メイクを脱ぎ汗をぬぐう。
和也の前で手を叩いてはしゃぐ晴男。
晴男「いやー見事だったよねー、俺感心しちゃったよー」
和也「え? 全部見てたの?」
晴男「見てた見てた。彼女チョー楽しそうだったじゃない」
和也「そうか……あ、でも、ひどいじゃないっすか、あんな土砂降りの雨降
らせて」
晴男「え? ひどいじゃないっすか、って俺に言われても……」
和也「あんたらが降らせたんじゃねーの? あの雨?」
晴男「いやいや、まさか……現世のお天気なんてコントロール出来ないよ、
俺らそんなに優秀じゃないもん」
和也「え? そうなの?」
晴男「(頷く)」
和也「じゃあ、あの虹も、偶然?」
晴男「そう! あれ、もうチョーびっくり! やっぱ和也くん、君持って
る! さすが東京お散歩ソムリエ!」
和也「ふーん(頷く)……でもさ、ただお散歩しただけなのに、本当にあれ
であの子立ち直るのかな?」
晴男「ああ、大丈夫!」
和也「一回お散歩しただけで?」
晴男「そう! ハハッ、そう考えてみたら面白いよね人間って。それで変わ
っちゃうんだから。でも大丈夫。だってホラ、あの顔、昨日まで引きこ
もってた人の顔に見える?」
壁のモニターを指差す晴男。
そこには現世の歩美の姿が映っている。
○ 現世・歩美の部屋
パソコンでお散歩コースについて調べている歩美。テーブルの上には
何冊もの東京のガイドブックが。
ブツブツつぶやきながら小さなノートにメモする歩美。
○ 天国エネルギー省・会議室
モニターを見つめる晴男と和也。
晴男「あれ何書いてんのかな……?」
和也「多分次に行くお散歩コースですよ」
モニターの中、ノートにメモする歩美が映る。
モニターを見つめる和也と晴男。
和也「お散歩一つで人生変わる、か……」
晴男「そう。変わるんだよ、お散歩一つで人生は」
和也「へえー、そういうもんか……」
晴男「そういうもんさ」
○ 現世・歩美の部屋
蛍光ペンで地図にお散歩コースを書き込む歩美。
○ 天国エネルギー省・会議室
モニターの中の歩美を見つめ微笑む和也。
声(晴男)「じゃあ、次のお散歩いこっか」
振り向く和也。
スマホを操作し始める晴男。
和也「は……? 次……?」
晴男「ああ、次」
和也「今ので終わりじゃないの?」
晴男「何言っちゃってんのよ、この調子でどんどんお散歩してもらわない
と、天国の人口増えちゃうでしょ、そしたらエネルギー不足になっちゃ
うから」
和也「そりゃそっちの都合だろ」
晴男「そっちもこっちも一緒! もうあんただって天国の一員なんだから」
和也「いや、俺もう帰る!」
和也、ドアに向かって歩き出す。
晴男「キャバクラ・パラダイス! 無料優待券さらに10枚プレゼント!」
晴男、右手で優待券をパラパラかざして見せ、左手でモニターに映し
出された「パラダイス」の妖艶な美女達を指差す。
和也「!(立ち止まる)」
晴男「ホラ! Gカップ! Gカップ!」
和也「(振り返る)クソ! もう一回だけだぞ」
和也、晴男の手から優待券をひったくる。
晴男「そう、その調子よ、ホラ、ああいう笑顔を増やしてもらわないと」
モニターを指差す晴男。
モニターの中、地図にお散歩コースを書き込む歩美が映っている。
生き生きした歩美の表情。
モニターに近寄り、歩美が考え中のお散歩コースを見る和也。
和也「ほー、ほうほう、なるほど……そこ行くのか……あ、でももう一つ手前
で曲がった方が面白い店あるのになぁ……」
モニターの中の歩美を見つめる和也。
和也「ま、でも、なかなかいいコースだな」
○ 現世・歩美の部屋
お散歩コースを書き込んだ地図を手に取り眺める歩美。
○ 天国エネルギー省・会議室
モニターの中の歩美を見つめる和也。
和也N「きっと楽しいお散歩になるはずだぞ……聞こえるはずはない。だけ
どオレは彼女の耳元にそう囁いてあげたくなった……」
○ 現世・歩美の部屋
お散歩コースを書き込んだ地図を楽しそうに眺める歩美。
机に置いてあるスマホの待ち受け画面には、ゲンさんと歩美が六義園
で虹をバックに撮った写真が映っている。
《完》