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三部作:新説・本能寺の変① 信長の妾・春

 

《登場人物》

 

 春(20)   織田信長の妾

 


《あらすじ》

 時は戦国、天正10年6月2日、この夜、織田信長の妾、春(20)の家に本能寺をこっそり抜け出した信長が現れた。いつものようにイチャイチャしていた二人。しかしなにやら外が騒がしい。確かめに行ってみるとなんと本能寺が明智の軍勢に襲撃されていた。「早く逃げて」と信長に勧める春。しかし信長は、もう将軍でいることに疲れたからこのまま死んだことにして、二人でひっそり暮らそうと言い出す。「分かった」と春は頷くが―― 


 

N「時は戦国、天正10年6月2日、この日織田信長は京都の本能寺に…… 
 いなかった……」

 

   信長の妾の春(20)の部屋。
   春、髪をとかしている。

 

春「はー、妾の仕事も大変だわ、明日から信長さまは毛利攻めで出張か……
 もう小遣い稼げなくなっちゃうなー……といって信長さまがお留守の間に
 他の男作るわけにもいかないしなー(扉を叩く音に気付き)ん……? あ
 れ? 誰かしら、こんな夜中に、はーい、どなたー? え? 俺だ俺、開
 けてくれってその声は……信長さま?」

 

   春、戸を開ける。

 

春「信長さま、どうしたんですか! え? 急にお前に会いたくなったか
 ら? でも明日から毛利攻めにお出掛けになるって言ってたじゃないです
 か、いいんですかそんな大事な時に? え? ちゃんと影武者置いといた
 から大丈夫? 駄目ですよー影武者じゃー、大将はちゃんと本陣にいない
 と、え? そんなことよりもう我慢できない……? 早くしてくれって? 
 やだ、(笑)もう、誰にも見られませんでしたか? 奥方様に知られたら
 私殺されちゃいますよ、信長さまホントに大丈夫ですか? え? そんな
 信長さまなんて堅苦しい呼び方しないで、いつもの呼び方してくれよっ
 て? (笑)ええ? いつものですか?(笑)もー、しょうがないな
 ぁ……のぶちゃんは! (笑)え? たまんねー? もっともっと欲し
 い? いつもみたいに『のぶちゃん駄目でしょ!』って言いながらお尻ペ
 ンペンしてくれ? しょうがないなーのぶちゃんは、ペンペン、ダメでし
 ょ、のぶちゃん! こんな時間に抜け出しちゃ、え? もっと激しく? 
 もうーしょうがないなー、コラ! ダメでしょのぶちゃん、比叡山焼いち
 ゃダメでしょ! ペンペン! え? なに? 今度はこの縄で(縄を受け
 取る)? 俺を縛ってくれ? こうですか(縄で縛る)? それでこの鞭
 を使ってくれって(鞭を受け取り)? ポルトガルの宣教師から教えても
 らった? 西洋の大人の遊び? えすえむ? これで叩くんですか? 痛
 いですよ? いいんですか? え? この蠟燭もたらす(蝋燭を受け取
 り)? じゃあ、いきますよ……コラァ信長! てめー調子乗ってんじゃ
 ねーぞこの野郎! なにが楽市楽座だ馬鹿野郎(鞭で叩く)、鉄砲なんて
 卑怯な道具使いやがって、そのくせお前の鉄砲は最近役立たずじゃねーか
 よ(鞭で叩く)! え? もっとですか? やだーもう、のぶちゃんたら
 そんなに興奮しちゃって……」

 

   (SE)火事を知らせる半鐘の音。

 

春「あら、火事かしら? え? そんなもんいいから続きをしてくれって? 
 いや、ダメよーダメダメ、のぶちゃん、あなたはもうじき天下を獲る人な
 んですよ、のぶちゃんの身にもしものことがあったら大変、私ちょっと外
 の様子見て来ますから、そのまま縛られた状態で待っててね、え? それ
 はそれで興奮するって? 嫌だ、のぶちゃんたら変態……(笑)、じゃ
 あ、ちょっと待っててね、すぐ帰るから」

 

   春、戸を開け出て行く。
   (SE)半鐘の音。
   春、火事の様子を見に街を歩いている。

 

春「あら、すごい炎……え? あれ? もしかして本能寺の辺りじゃないか
 しら? あの? ちょっとすいません、火事はどこで? え? 火事じゃ
 なくて戦? え? 明智の軍勢が本能寺を取り囲んでる? え! 嘘! 
 やだ、のぶちゃんに伝えなきゃ!」

 

   春、走り出す。
   春、部屋に戻って来て、

 

春「(息切らし)のぶちゃん、やばい! 違うの! そうじゃなくて、本能
 寺が! いや、そうじゃなくて、襲われてるの! 本能寺が! そう、馬
 鹿言うなって本当なのよ、明智の軍勢ですって、この辺りも明智の桔梗紋
 の旗持った兵でいっぱいだったわ、え? 兵の数? 多分一万はいるか 
 も……」

 

   春、しばし心配そうに信長を見つめる。

 

春「のぶちゃん、早く本能寺に戻った方が……あなたが指揮をとらないと……
 え? 嘘! 百人しかいないの? 本能寺に? 今更帰ったところでみん
 な死んでる? え、じゃあ、ご子息の信忠さまのとこは? 信忠さまたち
 は二条御所で明智の軍勢を迎え撃つって町の者が言ってたわよ…… 
 え? ……信忠の所も五百しか兵がいない? 戦ったって勝ち目はな
 い……? えー、じゃあ、どーすれば……あ! そうだ! じゃあ秀吉さま
 の所へ逃げましょう! そう! そうよ、ね、そうでしょ? ホラ、じゃ
 あ、早速行きましょう、じゃあ、のぶちゃんこれを着て、え? なんだよ
 これって? その恰好じゃ信長だって分かっちゃうでしょ、女子の格好を
 して逃げれば安全だから! ね、だからホラ、早く! ホラ早く、急いで
 のぶちゃん! ……のぶちゃん……? どうしたの……? (たっぷり間をと
 って信長をみつめる)、やっぱりやめる……? え……? 俺、もうやめる
 わ……って、え? どういうこと? のぶちゃん! え? 戦、戦の連続 
 で、もう疲れちまった……? 信長は非道だとか血も涙もない鬼だとか言
 われちゃうし? もう将軍辞めたい? って何言ってんのよのぶちゃん、
 あなた天下獲るって言ってたじゃない……天下獲ったらお春、お前に城を
 一つくれてやるって、そう言ってくれたじゃない、そうでしょ? そうや
 って上を上を目指して突き進むのぶちゃんを応援したくて、私いつもお尻
 ペンペンしてあげてたのよ……え? そろそろ潮時かもしれない? ……命
 が助かっただけで十分? いいきっかけだから、春、これから俺と二人で
 静かにひっそり暮らそうって……? 二人でひっそり……?」

 

   春、しばし沈黙。

 

春「いや、嫌じゃないわよ、もちろん……嬉しいわ……うん……でも……急にそ
 んなこと言われたら、ねー……」

 

   春、しばし沈黙し考える。
   春、意を決し頷く。

 

春「うん、分かった! よし! のぶちゃん、二人で幸せになろう! これ
 からは将軍信長とその妾じゃなくて、そう、どこにでもいる夫婦(めお
 と)として生きていこう、うん、じゃあ、のぶちゃん、乾杯しよう、じゃ
 あ、私たち二人の幸せを願って、かんぱーい! もう今日はいっぱい飲ん
 じゃおう! さぁ、飲んで飲んで!」

 

   春、信長に酒を注ぐ。
   (SE)半鐘の音。
   暗転。
   明転。
   豊臣秀吉が陣を構える姫路城の一室。
   春、正座して頭を下げている。
   春の前にいるのは秀吉。

 

春「お久しぶりです、秀吉さま、信長さまの妾の春でございます……はい、
 実は今日秀吉様にお渡ししたいものが……」

 

   春、信長の首が入った箱を差し出す。

 

春「信長さまの首でございます……はい、実は本能寺が襲われた夜、信長さ
 まは私の所へ逃げてまいりました、そして信長さまはこう仰りました、も
 う逃げられない、自分はここで死ぬ、自分の首は絶対に明智の軍勢に渡す
 な、秀吉さまの所に届けよと……そう仰られて(泣く)……自害なされまし
 た……(号泣)……信長さまの最後のお願いなんとか叶えてあげたいと思
 い、わたくし必死で明智の軍勢の目をかいくぐってここまで辿り着きまし
 た(号泣)……はい、ありがとうございます……いえ、私はただ信長さまの
 最後の望みをかなえるために必死で……え? 褒美? わたくしそんなつ
 もりじゃ……え? 信長さまの首が明智に渡らなければ様子見を決め込ん
 でた大名たちは皆信長さまが生きているかもしれないと思ってわしにつ
 く? そちのおかげ? 大手柄? いや、わたくし決してそんなつもりで
 は……え? 欲しいものをなんなりと言ってみよ? いや、わたくし決し
 てそんなつもりでは……え? 遠慮せずに申せ? ……あの……では……わた 
 くしは決してそんなつもりはなかったんですけれども、信長さまが死の間
 際に、わしの首を秀吉さまの元へ届けたら秀吉さまから小判百枚を貰うよ
 うにと仰られまして……ええ……もちろんわたくしはそんなつもりはなかっ
 たんですが、信長さまが必ず秀吉さまから頂くようにと……え? よろし
 いんですか? こんな恐れ多い……わたくしは決してそんなつもりじゃな
 かったんですけど(と言いながら小判をしっかり受け取る)、ありがとう
 ございます……(つぶやく)わたくしは決してそんなつもりじゃなかった
 んですけど……はい……ありがたき幸せ……それでは……秀吉さまも、どうか 
 お気を付けて……」

 

   春、深く頭を下げる。
   暗転。
   明転。
   春、小判の数を数えている(小判の音)。

 

春「ウフッ、貰っちゃった……ごめんね、のぶちゃん……」

 

   (SE)小判の音。

                           《完》


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