陰キャは陰キャとしか群れない
結論から書こう
「彼女欲しいと嘆いていても、モテないオタク達のそばにいてもお前が変わることはない」
最近、共感生羞恥を感じるようになってきた。
どのようなことに共感生羞恥を感じるのかといえば「オタクのようなトーク」にである。
気がつけば、自分の物語の世界の中にしかいない。とか、笑いのツボが違うことだったりが当てはまる。
昔はそちら側の人間だった。昔はそれでよかったと思っていた。
昔はオタクだった。鉄道が好きで写真を撮りに行っていた。
アニメも好きだった。当時はその二つのことで盛り上がっていたように思う。
しかし、最近になり、そういう趣味に一切手をつけなくなってしまった。
高校の時にオタクをしていた友人ともあまり会わなくなってしまった。
はっきり言って、もううんざりしていた。
私は24歳ではあるのだが、驚きを感じるのは、未だ童貞が多いということである。
理由を聞けば周りの環境のせいにする。風俗すら行かないというか行けない。
そういう人と連んでいて思う。
「人生アクションがないから一緒にいても面白くはない」
ということだ。
別に異性との交友がないから楽しくないわけではない。
それとは別の話である。
彼らが異性との交友がないのは「自信がない」「リスクを背負うのが嫌」と言ったことである。
ひどい人は「女性が怖い、憎い」という人もいる。
別に怖い分には知らないが、彼らの心の中を探っていけば「異性と交友したい」という本音がダラダラ出ている。
しかし、傷つくことや失敗することを恐れて言い訳をしている
「憎い」と。
恋愛や異性交友をしない人もいる。それはそれで自分の趣味を生きているのに対して何も異論はない。
しかし、しかしだ。
自分の本心を偽って、異性に近づきたいという本心を遠ざけて言い訳をする人達のどこが面白いのか。私は聞いてみたい。
「童貞って嫌われる」って、童貞が悪いのではなく、20代後半になろうとしているのにも関わらず、人生に対してアクションすることのできない姿勢が何よりも嫌われている原因ではなかろうか。
そして、そういう連中は、集まる。
人間は群れを作ると、中々脱しにくくなる。なぜなら仲間外れになることが怖いから。
一度「女と付き合うことは悪いことだ」とどこか思っている人達の仲間に入ってしまえば、そのようなお付き合いをするのは悪と感じることになってしまう。
また、仲間がいるから。「俺は一人じゃない」という理由で、ますます行動しなくなる。
行動しなくなればチャンスを獲得できる確率も減る、人生他責で生きるようになる、何事においても選択肢を取れる可能性が低くなる。
自分の本心に従って生きるのであるならば、孤立することが必要なのである。
切羽詰まった時にこそ、必要なものは何かを取捨選択できるようになる。
孤立感を味わうことで、前に進むことができる。
それから仲間ができなければどうする?と思うかもしれない。
しかし、人は前を向いて生きている人に対して希望の光が入ってくる時がある。その時を待つ必要があるだけだ。
満たされるまでの人生というのは長いものである。
しかし、満たされている時間というのはあまりにも短いものである。
今、群れている連中は、自分の人生を共に上がっていこうとしているか?
自分を見つめ直すチャンスはいつだって今である。