【禍話リライト】 手を握る娘
辛い時、寂しい時、心細い時。誰かそばにいてほしい。いるだけでいい。誰かが隣にいるだけでほんの少し、心が安らぐ。
たとえその「誰か」がおばけでも。
そんな話があるんです。とある男性が小学生の頃に遭遇した、お姉さんのおばけの話なんですけどね。
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ある時一週間くらい入院することになった彼が、病室で過ごしていた時の出来事だそうです。病気そのものは大した事なくて、命に関わるような重い症状でもなく。なので彼自身、当初は軽い気持ちでいたわけです。
共働きの両親もそこまで心配はしておらず、一緒に寝泊まりはしなかったんですね。仕事帰りに顔を見せてひとしきり話すと「おやすみー」と言って去っていく、そんな感じ。
彼がいる病室は個室ではなく大部屋だったそうなんですけど、彼以外にいるのはお爺さんただ一人だけ。一応ぽつぽつとお話しはするものの、ご老人の就寝は早く、一方で、小学生の彼は元気な体力が有り余っている。消灯の時間がきて夜の九時十時を回っても一人眠れずにいたそうです。
かといって起き上がるわけにはいかない。何もすることがない。お爺さんはこんこんと寝ているから物音を立てるのは忍びない。廊下に出ても、せいぜいあるのは飲料を売っている自動販売機くらいなものでしょう。当然、病院の外へ出ていくわけにはいかない。
有り体に言って、寂しいんですね。頭の中では自分の病気が大した事ではないとわかっていても、学校に行けず友だちと会えない事とか、家族と離れて病室にいる事とか……寝ようと思って目を閉じていると余計なことばかり考えてしまう。
何度も寝返りを打ち、眠れない夜を過ごしていて。それでも目を閉じて「寝よう」と念じていると、次第に意識がまどろんできた。ようやく、「あ、そろそろ眠れそう」と思ったその時。誰かに片方の手を触られた感覚が突然して、彼は慌てて目を見開いたそうです。
ベッド脇を見ると、そこに髪の長い人影があったそうなんですね。多分女性。その時の彼が「お姉さん」だと感じたそうなので、年の頃はおそらく高校生、大学生くらいでしょうか。
「美人」と形容するよりは「可愛い」と言い表すのが相応しい顔つきで。きっと明るく楽しい人柄でクラスでも男女問わず人気なんだろうな、と伺わせる感じ。もちろん、看護師さんではないんです。学校の制服こそ着ていなかったそうですけど、その年頃の女の子が着るような普段着姿。
そんな女の子が掛け布団の中から彼の手を引っ張りだして両手で包み、優しく揉んだりさすったりしている。その手がまた女性らしい、柔らかくしなやかな手で。
夢かどうかわからないけれど、小学生とはいえ彼も男の子ですから。無駄にドキドキしちゃうんですね。「あっと……その……なんか、すいません」みたいな。どう反応していいか、そもそも反応してもいいものかもわかりかねる。そんな感じで彼がもじもじとしていると、睡魔がすーっと瞼を下ろしてきたんですって。あれっ……? と思う間もなく、彼の意識は眠りの淵へと落ちちゃったそうなんですよ。
翌日、彼が興奮気味に相部屋のお爺さんにそのお姉さんのことを尋ねてみても、そんな子知らない、と返ってくる。それどころか彼の話を聞くと自分の孫の愚痴を語りだしたりしてね。
「うちの孫なんかなぁ、ヨソに出て行ってしもて、敬老の日だろうと連絡一つもしてこんわ」
とかなんとか。すると、それを横で聞いていた看護師長さんが「おばけが出るって噂なら、ありますよぉ。ここ」と冗談めかして言ったそうですよ。お爺さんも冗談を被せて「どんなお医者様でも死人は治せないのになあ」とガラガラ笑っている。
そんな大人たちに挟まれて、彼は「あのお姉さんはおばけなんだ」と心の内で納得したそうです。おばけと言っても色々いるんだな、と。あのお姉さんはきっと良いおばけに違いない、と。
彼女は毎晩訪れたわけでもなかったそうですが、彼が退院する前夜は来てくれたそうですね。
いつもは驚いたり眠気に襲われたりして、何も言葉を交わせなかった彼だけれど、最後の夜だからお礼を言わなければいけないと思って。うつらうつらしつつも、
「俺、明日、退院するんですよ」
と、照れくささを堪えて頑張ってそう伝えたんですって。すると、向こうは喋らないけれど頷くような仕草をしまして。いつものように触っていた手を優しく、ぽんぽんと撫でてくれたのだそうです。
まるで、「そうなんだ、よく頑張ったね」と労うように。
こんなに心優しいおばけがいるのかと。小学生ながらに嬉しくて涙が少し溢れてきたりしてね。「ありがとう」と伝える彼の手を、彼女は変わらず穏やかに撫でていたそうです。
言えた、という安心感から彼は段々眠くなってきまして。気がつくともう朝。退院の日。
両親が揃ってお迎えに来て、お世話になった先生方や看護師の方々にご挨拶に行って。気がつくと、彼は病室のベッドにぽつんと一人で腰掛け、両親を待っているような具合になっていたそうです。
するとそこを看護師長さんが通りかかりまして。「退院おめでとう」なんて挨拶もそこそこに、真面目な顔を寄せてきたかと思うと、声を潜めてヒソヒソと尋ねてきたんですって。
「大丈夫? 怖くなかった?」
「え、何がですか」
ぎょっとした彼が尋ね返すと、看護師長さんはこう言うわけです。
「いやだってぇ……昨日の夜ね、巡回していたらたまたま見ちゃったんだけど……ベッドの横におばけがいて、あなたを触っていたでしょう。あなたも起きてたみたいだったから、怖い思いをしちゃっただろうなって」
女の子といる姿を見られていた、と思うと少し恥ずかしくなったりして。でも、彼はちゃんと答えたそうですよ。
「そんなことないですよ。全然。すごく優しいおばけじゃないですか」
すると今度は看護師長さんがぎょっとした様子で目を丸くしていてね。「えーっ!? そうなの!?」と素っ頓狂な声を出すと、彼を凝視してこう言ったんですって。
「だってあのおばけ、首がなかったでしょう?」
あの病院について詳しく調べると、首のないおばけがうろついている、という噂がどうやら本当にあるらしいです。誰一人として顔を見たことのないおばけがいると。ところがその一方で、彼には首から上が見えていた。それも可愛らしい顔が。
体験者の彼としては自分だけに素顔を見せてくれた可愛いおばけだった、ということにしたいようなんです。自分を特別扱いしてくれたのだと。でも多分違いますよね。
人恋しさに飢えていた彼の頭脳が、首から上のないおばけを自身に都合のいいように修正しただけなんじゃないかと。そう思いません? もしかすると手を揉まれていたことも、おばけの挙動を彼が好意的に捉えようとした結果そのように感じただけ、という可能性だってある。
だから実際のところは夢のようにあやふやですよ。首のないおばけに彼は何をされていたのか。あるいは、されようとしていたのか……
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 魁!オカルト塾 第一回
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/354351499
収録: 2017/03/10
時間: 00:08:50 - 00:14:10
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。