【禍話リライト】 警備員の女
子供の頃、大人の世界というのは摩訶不思議なものでした。特に男女関係の機微。幼い内は異性に対する恥ずかしさや強がりが勝ってどうして中々、理解しがたいものです。
それはさておき、大人になった今もわけが分からない、という話をしようと思うんですよ。
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Yくんが小学生の頃のこと。ある日曜日の昼下がり、学校に宿題のプリントを忘れたことに気がついたそうです。
その小学校は警備員が常駐していて、休日に児童が校舎に入る場合は校門付近にいる警備員に許可を貰わないといけないわけですね。
一人で行って警備員の人とお話しをするのはちょっと気が引けたYくん。
仲の良い同級生に大人ぶっていてそういうの全然平気なKという子がいたので、その彼に連絡してみたそうです。すると案の定「しょうがないなあ」と男気溢れる心意気で引き受けてくれて。
それで二人して休日の小学校へ向かったそうです。
彼らが校門をくぐるとちょうど警備員が詰め所にしているプレハブの窓から顔を出していましてね。「どうしたのかな」と声を掛けてきたそうです。
「あの……えっと……」
「忘れ物をしちゃって」
緊張したYくんが言い淀んでいると、Kくんが代わりにさっと答えてくれましてね。すると、警備員は窓から身を乗り出し小学生には少し背の高い記帳台にあったノートと鉛筆を手渡してくれたそうです。
「ここに学年とお名前、書いてね。『事由』の欄には『忘れ物を取りに来た』って書けば、それで大丈夫だよ」
と、親切に言ってくれて。礼を言ってYくんが書いている間、Kくんは静かに待っていたそうですね。Yくんがちらりと振り返ると、何やら複雑な表情をしていたそうです。
とにかく、記帳し終えて警備員に戻しますと教室に向かったんですね。普段使っている児童用の玄関は閉まっていたので来客用の玄関まで回ると、そこから校舎の中へ二人は入ったそうです。
「こっちから入るの初めて……あ、子ども用のスリッパがある。これ履いていこうよ」
「うん……」
先程からずっと、Kくんは神妙なというか、思い悩んでいる様子。どうしたんだろうな、と思いつつも慣れないスリッパをパタパタ言わせながら校舎を進んでいると、おもむろにKくんが切り出したそうです。
「……なあ、あの警備員、やばくない……?」
「え、何が?」とYくんは咄嗟に返したんですって。親切にしてくれたじゃん、と思いながら。
「ああそうか、Yは書くのに夢中だったから。いや、あの時さあ、警備員の後ろに赤いセーターを着た女がいたんだよ」
「女?」
「うん。めっちゃイチャついてた。警備員の肩を撫でたり、髪をいじったりしてさ。警備員は知らんぷりしていたけど、あれよくない。絶対よくない。日曜日とはいえさあ……明日、先生に言わないといけないかもな」
Yくんにしてみれば全然そんなこと気がつかなかったわけですから、「えーそうなの?」くらいな感じなんです。「何言っているんだろうなあ」とすら思って。
さて、それで教室に入りプリントを回収して、戻ろうとすると。
「あれっ?」
自分たちがいる棟とは違う、校門から見れば奥の方の棟に人影が見えたそうです。
見ると、着ている制服の様子から先程の警備員のように見えるんですね。昼間なのに懐中電灯を点けて、それを大きく左右に振って歩いていたそうです。その警備員はまるでアニメやドラマのキャラクターのように大げさに、無人の校舎を闊歩している。
「警備の人って何人もいるのかな」
「いや……普通一人だけじゃね。見た感じあの警備員っぽいし」
「変な警備員もいるもんだなあ」くらいに考えましてね。彼らは「よくわからないけれど帰ろうぜ」と、来た廊下を引き返し始めたんですね。
しかしその途中、階段の踊り場付近で。ふとKくんが足を止めまして。
「いやでも、変だなあ。いくら大人とはいえ、俺らより先にあっちの校舎に回れる?」
と、首をひねったんですね。
「あ……確かに。でもあの警備員だったよね。走っていったんじゃない?」
「いやさ、もしかすると泥棒じゃね?」
遠目だから警備員に見えただけで、実際は違ったんじゃないかと。Kくんはそう言うんですね。
「警備員が女といちゃついている隙に、泥棒が入ったんだよ」
「えー、あれ絶対警備員だったけどなあ」
いずれにせよ校門から出る時に警備員の詰め所の前を通るわけですから、もしそこに警備員がいれば向こうの棟に見えた人影は不審者だろうし、いなければ警備員。そう二人の間で結論づけまして。
校舎の玄関を出、警備員のいるプレハブに二人が近づいていきますと男女のイチャイチャする声が聞こえてきたそうです。男の声はどう聞いても先程の警備員。
するとたちまち、Kくんの表情は「ほらな」と言わんばかりに得意気になりまして。
「やっぱり泥棒だったか。あの警備員の責任問題だな、これは」
職務怠慢だと。女と遊んでいるから校舎に不審者が侵入するんだと。
Yくんとしては、そんな大人いるの?という気持ちですよね。若干裏切られた、というか。
至近距離になると、会話の内容もはっきりしまして。他愛もないことをぺちゃくちゃ語り合っている感じだったそうです。
「あ、このポテトチップス美味しい」
「へぇー、 一枚くれよ」
「どうしよっかな~」
みたいな、くだらない会話。
それで、二人してそーっとガラス窓の向こうの内部を覗いて見ましたら。
中にいたのは女だけだったそうなんですよ。赤いセーターを着た女が一人でパイプ椅子に座っていて。ぎょっとした二人がその場で硬直して立ちすくんでいると、女の口から、警備員の声と女の声が交互に次々と吐き出されたんですって。
「『俺にもポテトチップス食べさせてよ』」
「ちょっと、やめてよ」
「『なあ、いいだろ』」
「駄目だってば、もう……」
「『一枚だけ。な? な?』」
しかも窓ガラス越しに彼らは女と目が合っちゃったそうなんですよ。ところが、女の方は小学生たちの彼らを無視して、一人だけの会話劇に熱中している。
「やめてよ」
「『んだよケチだなあ』」
「だってこの前あんたもくれなかったじゃん」
「『えっ、そうだっけ?』」
「うわっ……!」
小さな悲鳴を上げつつ後ざすった彼らに、背後から声を掛ける人物がいたんですって。
「どうしたんだい」
聞き覚えのある声に二人して勢いよく振り向くと、警備員がそこに立っていたそうです。警備員が現れた途端に、プレハブの中から女の声は消えて、シンとなった。
「何か、あったの」
その警備員。さっきまではそんなもの着ていなかったのに、制服の上からセーターを着ていたんですって。
「忘れ物を取りに来た○年○組のYくん。どうしたのかな」
女と同じ、真っ赤なセーターを着た男が、彼らを見下ろし立っている。
「な……何でもないです!!」
彼らは逃げるように校門から飛び出して帰宅したそうですよ。
それで翌日の月曜日。
Yくんが恐る恐る登校してみると、校門のそばに立っているのは初老の警備員。今まで警備員さんの顔なんて意識していなかったものだから、Yくん驚きましてね。Kくんと一緒にその警備員のそばまで行きまして、昨日、どんな人がここにいたのか確認してみたそうです。
「昨日? 昨日もわたしがいましたよ」
そう言われると、もう何も言えなくてね。適当に返事をすると、駆け足で教室へ逃げ込んだ、ということです。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 魁!オカルト塾 第一回
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/354351499
収録: 2017/03/10
時間: 00:50:35 - 00:55:40
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。