【禍話リライト】 姉の部屋

 「あれ、何だったのだろう……?」となる幼い頃の記憶、ありませんか? 全然付き合いのない親族の家に一度だけ泊まったとか、親に手を引かれて街を彷徨ったとか……大抵の場合は、関係者から話を聞いたり成長することで得た知識や経験則で腑に落ちる、ということになるものですが。

 でもたまに、よくわからない、未解決のまま大人になってしまうこともあります。魚の小骨が喉につっかえているような、そんな不安感を残して。

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 Hくんが小学生の頃の話です。

 夏休み明け、彼のクラスに転校してきたSという男子がいたんですって。親御さんの仕事の都合で引っ越しを繰り返していたようで、冬休みにはまた転校していったそうです。なのでSくんとは数ヶ月しか一緒にいられなかったことになります。

 その子は家が裕福だったそうです。そのせいかどうか、発想がお金持ち。本人は悪気とか嫌味を込めて言っているわけではないんでしょうけれど、出てくる言葉がなんだかクラスの子たちを少し苛つかせるような、そんな子。意地悪な子ではなかったそうなんですけどね。悲しいことにSくんは周囲の子からズレていた。

 結局、その言動と学年の途中で転校してきたせいで、クラスには馴染めなかったそうなんです。ところが、Hくんと彼の親友は割とよく付き合ってあげていたそうで。

 これまたちょっといやらしい話なんですが。Sくんの家へ遊びに行くと美味しくて珍しい洋菓子が出てくる。テレビは大きいしゲームソフトがよりどりみどり。長くゲームで遊んでいても注意なんかされない。そういったこともあって、HくんとHくんの親友はよくSくんの家に放課後おじゃましていたのだそうです。

 それで段々と分け入ったことも話すようになって。話しをしているとSくんにはお姉さんがいるということを知ったんです。

「へえ。全然知らなかった。6年生?」

「いや、お姉ちゃん中学生だから」

 ああ、通りで顔を見ないわけだ。中学生にもなれば放課後も遅いだろうし、部活や塾とかもあるんだろうな。

 と、Hくんは納得して。それ以降も何度か平日も休日もSくんの家で遊んで両親には会ったのだそうです。けれどもお姉さんには会わない。一体どんなお姉さんなんだろうなあ、とHくんは内心こっそり思っていたそうです。

 そんなある日のこと。

 Sくんの家で遊んでいると、HくんとHくんの親友だけになるタイミングがあったんですって。

 何かどうしてもこなさないといけない用事だったみたいで、Sくんは手を引かれてお母さんと一緒に家を出て行ってしまった。

「すぐに戻るからね」

 そう言われていたので二人はゲームをして待っていたんですけれど、5分経っても10分経っても帰ってこない。気が落ち着かないというか気もそぞろというか。どちらからともなく、「ちょっとこの家、探検してみない?」と言い出したのだそうです。お金持ちの家、拝見、みたいなね。

 まずは一階を見て回って。キッチンに置いてある見慣れない調理器具とか、書斎のがっしりとした書棚に並べてある装丁の立派な本とか、二人は「おお……!」なんて宝物でも探す気分で見て回ったそうです。

 一階を見終えて再びリビングのテレビの前にHくんたちが戻ってきても、それでもSくんたちは戻って来ないんですね。

「二階も行く?」

「行っちゃおうか」

 その家の門から玄関までは玉砂利が敷き詰められていて、誰かが歩けば音がしていたそうです。だから外の音にさえ気を配っていれば、Sくんたちが帰ってきてもすぐにテレビの前へ戻れるだろうと踏んで。

 ますます探検気分になった二人は、二階への階段を上ったそうです。

 何度か入ったことがあるSくんの部屋を覗いて、次にご両親の寝室を覗いて。もう一つ、部屋があるんですね。

 当然、残っている部屋はお姉さんの部屋しかないだろう、とSくんたちは考えていたそうなんですが。部屋の前まで来て違和感を覚えたそうです。

 愛されているんでしょうね。Sくんの部屋には彼の名前が刻印されたプレートが掲げられていて、「XXの部屋」と可愛らしくデコレーションされているんです。

 でも、残る最後の一部屋には何も飾られていない。ただドアがあるだけ。Sくんと同じようなプレートくらいあってよさそうなものなのに。

 中学生だから外したのかな、などと思いながら部屋のドアをそっと開けると、更に二人の違和感は増したそうです。

 部屋はまるでモデルルーム。生活感のない無機質なものだったそうです。

 物はあるんです。ベッドも、勉強机も、本棚もある。淡い色合いで飾られているカーテンもある。きちんと整理整頓されて、部屋は清潔に見える。

 でも、よくよく見てみると部屋の持ち主の個性がまるで感じられない。

 趣味が伺えるようなポスターは貼られていない。本棚に並べてある本も辞書や誰もが知ってる文豪の名作が無造作に並べてあるばかりで。中学生なら部活の道具などでもありそうなものだけど、そういう物もない。

 この部屋の持ち主がどんな人なのか全く想像できない。そんな部屋だったそうです。

「Sの部屋の方がまだ色々物があるよな」

「こういうのが、質素な部屋っていうのかなあ」

 Hくんたちは「なんだか変だなあ」と思いつつも、その部屋のクローゼットを勝手に開けちゃったんですって。

 中を覗くと、その片隅にSくんのお姉さんが小学生の頃に使っていたであろうランドセルや体操服がきれいにしまってあったそうです。ただ、体操服のゼッケンには学年と名前が書いてあるんですけど、それが大きく歪んでいる字でして。まるで、初めて字を書けるようになったくらいの子が書いたような字。

 なんだか気まずくなってクローゼットを閉めると、机の上にあるノートを手に取って開いてみたんですって。

 黒板を写し取ったノートで、小学生の彼らには難しい、数学のノートだったらしいんですけどね。でも難しいのは数式の内容だけではなくて。これもまた字が汚い。ミミズがのたくったような数字やXやYのアルファベットがノートの上をうねうねと這っていたそうです。

 二人とも気味が悪くなって互いに顔を見合わせたりして。

 ノートを閉じて部屋をそっと出ると、一階へ戻ったんです。ちょうどその時、外からじゃりじゃり歩いてくる音がしましてね。何食わぬ顔でテレビゲームをやり続けていたふりをして、彼らが帰ってきたのを出迎えったんですって。


 さて、それから数日後。今日もSくんの家へ行こうと彼と一緒に放課後帰っていましたら。

「あーほらほら!」

 Sくんが先を行く女子中学生の集団を指差したんです。

「あれ、俺のお姉ちゃん。おねーちゃーん!」

 Sくんが手を振って呼びかけると、それに気がついた向こうの一人も手を振り返してこちらにやってきましてね。

「あ、きみたちがHくんたち? いつもSがお世話になってます」

 なんて、小学生の彼らにもきちんと挨拶してきてくれたんですね。とてもじゃないけど汚い字を書く人には見えない。ハキハキ喋るしっかり者。

 Hくんたちも「こんにちは」なんてドギマギしながら挨拶しまして。互いに簡単に自己紹介をして、お姉さんと一緒にSくんの家へ行ったそうです。

「ただいまー」

 いつもならSくんが二階の自室に荷物とか置いている間、Hくんたちは居間のテレビの前で待機しているんですけど、今日はお姉さんがあの部屋に入っていくのか気になって。

「ごめん、今日ちょっとSの部屋で漫画読んでいい?」

「ああ、いいよいいよ」

 それで四人で仲良く階段を上って、Hくんたちは何気なくお姉さんの行く先の部屋のドアを観察してみたそうです。

 部屋の位置は、やっぱりあの日Hくんたちが侵入したあの部屋とまったく同じ。でも、ドアにはSくんと同じように『XXの部屋』とお姉さんの名前が彫られたプレートでデコレーションしてある。

 どうなってるんだ? 何なんだ、この家?

 漫画を読むふりをしながらHくんは疑問で頭がいっぱいで。とても集中できない。でも、家の人がいない間にお姉さんの部屋に侵入したとも言えないからSくんに確認することもできなくてね。

 結局、冒頭お話した通り冬にはSくん一家は引っ越してしまい、それきりHくんは事の真偽を確認する術を失った、ということです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語第五夜
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/348328666
収録: 2017/02/17
時間: 00:12:50 - 00:22:10

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。