【禍話リライト】 正座部屋

 小中学生の頃の宿泊学習ってワクワクしませんでした? 少年自然の家に一泊二日くらいで泊まるやつ。普段とはまったく違う環境で、同級生の意外な一面が見れたりして。

 ただ、その施設が曰く付きだったりすると、よくない。

 とある部屋にはおばけが出る、という噂が絶えない少年自然の家が昔あったんですよ。今はもう、なくなっちゃってるんですけどね。その施設にまつわる話をば二つ。

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 当時女子中学生だったAさんは学校の行事で問題の部屋に泊まることになったのだそうです。「出る」というのは当時すでに有名でしたから。他の部屋の子たちからは「可哀想」とか言われたそうですよ。でも彼女自身は、何が起きるのか具体的にわからないしなあ、なんて呑気に思っていて。表面上は話を合わせて「怖いねー」と語り合うけれど、内心そこまで真剣には思っていなかったそうです。

 実際に少年自然の家に到着してからは、Aさんだけでなく同じ班のメンバーも怖がる暇なんて全然ないんですよ。学校の行事って子供たちが遊びださないようスケジュールがみっちり分刻みでしょう。「出る」と噂の部屋に荷物を置くと、ゆっくりする暇もなく、次から次へと予定をこなさなければなかったそうです。

 オリエンテーションをこなして。施設の人の話しを聞いて。みんなで夕飯を作って。ワイワイお喋りしながら食べて。片付けて。それでようやく一日のスケジュールが終わりかというとそうではなくて。夕食後は各班のメンバーそれぞれに割り振られた係の会議。保健係とか美化係とか。とにかく、バタバタと慌ただしくて、おばけどころじゃない。

 Aさんの担当は部屋の班長さんでして。責任重大。なのに、会議に持っていくべきプリントを部屋に置き忘れちゃったんです。

 宿泊部屋が建物の上階にあって、会議は一階の大広間でそれぞれの係ごとにひと塊になってやっているんですね。会議直前で気がついた彼女は慌てて自分たちの部屋へ戻ったそうです。

 一階で同級生たちがざわめいている気配を感じながら宿泊部屋が並んでいる上階へ駆け戻ると、こっちは打って変わって静まり返っている。まるで、ここだけ異空間みたい。それまで怖いとか思う余裕もなかったけれど、独りになるとやっぱりちょっと怖くなる。

 なんだかやだなあ……

 そんなことを思いながら部屋に入ったそうです。

 二段ベッドが左右に並んで置いてあって、彼女のベッドは下の段。かがみ込んで手早くバッグからプリントを取り出すと、部屋から出ようとして立ち上がり顔を上げて──そこで、Aさんはギョッとして硬直したそうです。

 ベッドの上の段に、女の子が座っていたんですって。壁にぴったり顔をつけるようにして、彼女に背を向けて正座している女の子が。

 えっ? なんで?

 その子は彼女たちと同じ学校指定のジャージを着ているんです。けれど、その後ろ姿は全然知らない子なんですね。間違っても同じ班でこの部屋に泊まるメンバーの誰かではない。

 その正座している子は身じろぎもせず、ただじっと壁に向き合っている。

「うわ、わわ……」

 弾かれるように彼女は部屋から飛び出ると、ダダダと階段を駆け下りて、みんなが会議をしている場へ飛び込んだんです。

「遅いぞー」

「……あ……すみません、プリントを忘れて……」

 とっさに誤魔化してしまったそうです。そのまま己の心の中に仕舞っておければよかったんでしょうけどね。就寝の時間がやってきて部屋が暗くなると、言わずにはいられなくて。同じ部屋のメンバーに「実は……」と打ち明けたそうですよ。

 すると、もう、みんなで大騒ぎ。彼女は班のリーダーを任されるくらい真面目な子ですから。嘘を言うわけがないだろうと。

 可哀想に、正座していた子がいたベッドで眠ろうとしていた子なんか、「ここで寝れない!」と宣言しましてね。「なんで今になって言うの!?」なんて下の段にいるAさんに怒ったりして。そりゃそうですよ。

 結局、班長のAさんが責任を取ってその子と場所を入れ替わり、上の段で寝たのだそうです。幸い、目覚めた時に壁に向かって正座している、なんてことはなかったそうですよ。


 同じ県内の別の中学校でも、その少年自然の家について語り継がれている話があるんです。


 やはり体験者は、宿泊学習で訪れた、二段ベッドの下の子なんですね。

 夜中、その子はものすごくうなされて目が覚めたんです。嫌な夢でも見たのか記憶にないけれど、全身汗びっしょり。それに体が妙にだるい。持ってきていたタオルで汗を拭いても拭いても拭いきれない。

 全身に汗をかいて体が冷えちゃったんですかね。なんだか、トイレに行きたくなったんですって。

 でも夜中に一人で出歩くのはちょっと怖いな。ただでさえこの部屋、出るって噂だし。部活動の先輩にも散々脅されたし……ああ、どうしよう。

 独りぼっちはいやだな、と。誰か一緒に来てくれないかと部屋を見渡したそうです。

 彼女と同じく、ベッドの一段目で寝ている子たちはぐっすり寝ていて寝息が聞こえる。

 じゃあ、上の段は……

 そう思ってベッドからそっと出ると上の段の様子を見たんですって。

 すると、上の段の子たちが全員、壁に向かって正座をしていたそうなんですよ。暗闇の中、同級生たちは両手を膝の上に置いて正座していて。

 悲鳴を上げて彼女は慌ててベッドに戻ると、掛け布団を頭まですっぽり被って震えていたそうです。

 こんな夜中にいたずらをするわけがないし、「ドッキリ成功~!」みたいなリアクションも何も無い。部屋の中は忍び笑いをしている気配もなく、静かなもの。彼女の荒い呼吸だけが聞こえていて。

 しばらくそうやってガタガタ震えていると、やがて、どうしてもトイレを我慢できなくなって。彼女は震えながらおそるおそる、ベッドから出てみたんですって。

 すると、今度はみんな普通に布団の中ですうすう寝息をたてて寝ている。

 起こすのも怖くなって、彼女は一人で部屋の外の廊下の先にあるトイレへ向かったそうです。

 部屋に戻るのも億劫な気持ちで廊下をウロウロしていると、ちょうど見回りの先生がやって来て、「どうしたの?」なんて声を掛けてくれて。

「寝れないんです」

 渡りに船とばかりに自分の見たことを先生に相談すると、先生は彼女が寝ぼけて夢でも見たんだろうと解釈したんでしょうね。

「じゃあ、ちょっとお話しましょうか」

 と、階段に腰掛けて彼女がうつらうつらしてくるまで、一緒に雑談をしてくれたそうです。

 やがて、いい加減彼女のまぶたが重くなってきたので、先生に連れられて部屋へ戻って。それで朝まで眠ることができたそうですよ。


 そんな話が伝わる少年自然の家が、昔あったんですよ。人里離れた、鬱蒼とした木々に囲まれた環境というのは、やはり、なにがしかの存在を呼び込みやすいのでしょうか。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語第四夜②
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/346634722
収録: 2017/02/11
時間: 00:10:00 - 00:14:05

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。