【禍話リライト】 倉庫のともだち

 鍵ってありますでしょ。普通、鍵って、外側から内側へ侵入できないようにするための物ですよね。玄関、窓、車、ロッカー。とある学校の倉庫もがっちりと鍵が掛けられていまして。それにまつわる話があるんですよ。

 鍵をしてても内から外へはあっさり出られるよねって話が。

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 女性の友だちから聞いた話です。彼女が中学生の時のこと。

 テスト前、放課後一人で教室に残って勉強をしていたんですって。時が経つのも忘れて集中して、机に広げたノートに向かって勉強して。

 気がつくと、教室の外は薄暗くなってたそうです。もうこんな時間かあ、と伸びをして。荷物をまとめると教室を出たんですね。

 彼女一人だけしか残っていなかったものですから。教室の明かりを消すと廊下はもう真っ暗。誰もいない。ところが、その廊下の向こうから、

「あ、ちょうどいいや。ちょっと、ねっ、ちょっと」

 仲の良い友だちが廊下の角からぬっと現れて、内緒話へ誘うかのように、彼女を手招きしているんです。

 別の教室かどこかで勉強してたのかな。タイミングが合うなんて、さすが友だちだなあ。

 そんなことを考えつつ、彼女に近寄って声をかけたそうです。

「今帰るとこ? 一緒に帰ろう──」

「ねっ、あそこに行こうよ。あそこ。開かずの倉庫」

 友だちは彼女の言葉を遮って、そう言ってきたんですね。なんでも、彼女の通っていた中学校にはそう呼ばれている倉庫があったそうです。だいぶ前から閉鎖されているようで、どんな倉庫か、何故閉鎖されているのか、その実態について知る生徒は誰もいない倉庫が。

 それは体育館の外、校庭に面した側にある倉庫で、おそらく以前は体育の授業で使う備品や何かを入れていた倉庫じゃないか思われるんですけれど、詳細は不明。

 何もわからないのに、教師の誰もが口酸っぱく「絶対、誰も入るなよ」と言うような倉庫になっていて、普段は生徒が入らないよう厳重に鍵がかけられている。そんな、開かずの倉庫。

「あそこに行こうよ。ねっ。放課後なら先生の目もないよ」

「いや、もう帰ろうよ」

 その倉庫にまつわる怖い話というのは特になかったそうですけどね。でも彼女としては正直、近寄りがたい。できれば行きたくない。

 ところが、渋る彼女を無視して友だちは彼女の腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張りましてね。

「行ってみようよ! ねっ? ねっ?」

「ちょ、ちょっと!」

 もう、半ば引きずるようにして、そこへ連れて行こうとするんですって。

 どうせ鍵がかかっているだろうし、まあいいか……ドアが開かないのを確認したらそれで満足してくれるかな。

 内心そんなことを考えながら、ため息まじりに「もう、行くだけだよー」なんて言ってね。渋々向かったんですって。

 上履きを履き替えるのも面倒ですから、校舎と体育館とを繋ぐ外廊下から外へ出ると、体育館の壁伝いに倉庫の方へ行ったそうです。

 校庭にはもう運動部の姿はなくてね。蛍光灯の明かりが点いているのは、職員室くらい。校舎に闇が迫る中、その友だちは倉庫のドアノブに手をかけたんです。

「ほら、鍵かかってたね。じゃあ帰ろうか」

 そう言おうと彼女は待ち構えていたんですけどね。ドアは何の抵抗もなく開いちゃったそうなんですよ。友だちはドアノブを握ったまま、倉庫の中へ足を踏み入れまして。

 押し開かれたドアがキィ……と鳴いて、真っ暗な空間が口を開けた。

「ほら! ほら!」

 何が「ほら!」なのかわからないんですけど、友だちはそのまま、真っ暗な倉庫の中に一人でどんどん奥の方へ進んで行っちゃったんですって。

 彼女はびっくりしましてね。明かりもつけずになんで入って行っちゃうの!? って。そもそも、この倉庫の電灯のスイッチがどこにあるのかさえ、知らないんです。わからないんです。

 それで友だちはどうしているかというと、だんまりなんですね。暗闇に飲まれちゃってそのまま姿が見えなくなってしまった。

「ちょ……ちょっと!」

 倉庫の中に顔を差し入れて友だちの名前を呼んでみたそうです。でも返事はない。

 彼女を驚かせるつもりなら、隅に隠れていて「わっ!」と飛び出してきそうなものですけれど、そんな気配はない。もちろん、倉庫の周囲に人影はなくて、彼女が怯えている姿を楽しんでいる人もいない。

 どうやらドッキリを仕掛けてきてるようでもありませんし、わけがわからないけれど、友だちを置いておくわけにもいかないじゃないですか。

 彼女はおっかなびっくり、倉庫へ踏み込んだんですね。

 暗闇とはいえ目は徐々に慣れてきまして。体育の授業で使うような、古びた器具がごちゃごちゃ置いてあるのが見えてきた。でも、友だちの姿は見えないんです。

 名前を呼びながら進んでいますと、突然、背後の入口の方から人の気配がしたんですって。慌てて反射的に振り返ってみたら、さっきこの倉庫の奥に入っていった友だちが黙って倉庫の入口に立っていたそうなんですよ。

 薄闇の中、無表情で彼女をじっと見つめて立っている友だちが入口に。

「ちょ……え……? 何? もう、驚かせないでよ」

 いつの間に回り込まれたんだろう、と疑問符を思い浮かべながら友だちのそばへ近寄ったら。その友だちが近づいてきた彼女の腕をぎゅっと掴んで、奥の方へ連れて行こうとしたんですって。

「ななななに!? やめてよ!」

 彼女も怖くなって、その場に足を踏ん張ると友だちに叫んだんです。でも無反応。全然リアクションを示さず、友だちはただ倉庫の奥を見つめて、彼女をそこへ引きずり込もうとしている。

 この子、おかしくなっちゃった!

 彼女は友だちの手を振りほどくと、倉庫の外に出てドアを思いきり、派手に音を立て閉めたんです。でも、倉庫の中の友だちはそれにも無反応。彼女は倉庫のドアにはめられているすりガラス越しに友だちの様子を暫し伺っていたそうです。

 でも、やっぱり、全然動く気配がしないんですね。「驚かせてごめんね」と謝るでもなく、「びっくりしすぎ」とからかうこともなく。暗い倉庫の中でもう使われていない備品たちに混じって、友だちはじいっと佇んでいる。

 よくわからないけど、先生を呼ばなきゃ! とそう思って、彼女は職員室の方へ全速力で走って向かったんですって。

 ところがその途中。さっきの友だちが廊下にいたんですよ。駆けている彼女を見るとにこやかに片手をあげて「こっち、こっち」と手を振って。

「何走ってるのー?」

 彼女の気も知らず呑気な調子。「一緒に帰ろー」なんて言っている。

「え!? は!? 何してるの!?」

「いや、そっちこそどうしたの」

 その友だち曰く。

 自分は図書室で勉強をしていて、帰ろうとして下駄箱を見たらあなたの通学靴がまだあった。なので一緒に帰ろうと探していた。するとそこに、あなたが慌ててる様子で駆けてくるものだから呼び止めた、と。

「へ……え……?」

「どうかしたの?」

「いや……何でもないけど…………帰ろうか」

 結局、倉庫のことは友だちにも教師にも言わずじまいで。「こっちが本物だよね……?」などと思いつつ、ドキドキしながら並んで帰り道を歩いた、ということです。




この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。

出典: 燈魂百物語第四夜①
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/346620191
収録: 2017/02/11
時間: 00:01:45 - 00:05:15

記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。