【禍話リライト】 カーテンの記録
日記って本来自分のためにつけるものだと思うんです。自分のためにつけるものだから、他人の目を気にして書くことはないし読ませることもない。でもたまに、誰かが読んでもいいように立派なことを書いてみたりするのも日記あるあるだとは思うんですが。
気味が悪い日記のような記録をつけた、とある男性の話になります。
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「仙人」と呼ばれている人がいたんです。山嶺で霞食べてるありがたい人ではなくて、大学にもう何年もいる人。全然ありがたくない。
卒業論文が書けなかったのか単位が足りていないのか、そこら辺の事情すらもう誰も知らないような、「仙人」がその大学にはいたんですって。
Tくんが一年生の頃からそう呼ばれていたそうですから、一年二年の話じゃないでしょうね。彼は偶然、その仙人がいるサークルに入ってしまったのだそうで。「変わった人だなあ」と思いつつもそれなりに仲良くなって、楽しく過ごしていたそうです。
年次が進みTくんが二年生になっても、当然の如く仙人はサークルに顔を出す。パッと見様子はいつも通りなんですね。良く言えば鷹揚に。悪く言えばのらりくらりと。「仙人」の名に相応しくマイペースに見える。
でもなんだか以前とはちょっと違う雰囲気になってしまったそうで。例えば「その服、昨日も着てませんでした?」という格好。例えば「朝起きてからちゃんと顔洗ってます?」という出で立ち。会話の受け答えもぼんやりとしたものになってしまって。いい加減にしろ、と身内の人に釘を刺されでもしたのでしょうか。余裕がなくなって、その人となりが壊れていくような。
もともと浮いていた人ではあったんですけど、サークル内部でも避けられるようになっちゃってね。馴染みの薄い新入生なんかは露骨に煙たがって。ますます余計に、仙人の仙人像が崩れていくような、そんな感じで。
さて、その年の夏に入り始めたある日のこと。Tくんはたまたま仙人と二人きりになったんですって。その頃になると仙人は風呂に入っているんだか入っていないんだか、着ているシャツも洗ってるんだか洗ってないんだか、という感じに悪化していて。汗ばむ季節なのではっきりと臭う。
そんな仙人が、ためらいがちにTくんに語りだしたんです。
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なあ……ちょっといいか? 俺の部屋、最近さあ、誰かいるんだよ。
……カーテンでわかるんだ。普段俺カーテンを開けて外に出るんだけど、部屋に戻ってきた時、カーテンが閉まっていることがあるんだ。
絶対に、誰か知らないけど、俺の部屋に侵入している。
いや、そういうことはないんだ。物を盗られたりしたことは一度もない。部屋を荒らされてすらいないよ。
ただ、カーテンを開けて出ていってるのに閉じている時があるから、間違いなく誰かが俺の部屋に侵入していると思うんだよね……
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やばい話をしてきたぞ、とTくんは内心ドン引きですよ。一刻も早く二人きりのこのサークル部屋から出て行きたい。とにかく、よくわからないこの話を打ち切りたい一心で、
「あ、じゃあ、なんか記録かなにか取ったらいいんじゃないですか」
と言ってあげたそうです。すると仙人は「そうだなあ」と独り言のように呟き、ゆらっと立ち上がり部屋から出て行ってくれて。それからしばらく、仙人はサークルに姿を見せなかったんですってね。
ところが一ヶ月ほど経った、夏真っ盛りでセミもけたたましい猛暑日。「最近、あの人来なくなりましたね」などと話していると、噂をすれば影がさす。仙人が不意にサークル部屋にやって来たんですって。
「よう……」
最後に会った時以上に見た目が酷い有り様だったそうで。お風呂に入っていないんでしょうね。肩まで伸びた髪はベタついていてボッサボサ。全身からは酸っぱい、汗の腐ったような臭いがして。
「ど、どうかしましたか」
仙人はサークル部屋の入口に突っ立って、中に入ってこないんです。
「記録、つけた」
記録? とみんなが思っていると、仙人、大学ノートをバッグから取り出して見せましてね。
「ノートに、記録、つけたから」
爪が伸び切った手でノートをバサバサと振りながら、仙人は「どや?」と言わんばかりに得意げにしている。
あの日Tくんが「記録でも取れば」と言ったのは、大袈裟に言えば警察に提出できるような、映像とか音声とか……とにかく証拠になるような記録を取ってみればどうですか、という意味で言ったんですよ。
「これで、大丈夫だよな。証明、されたよな」
サークルメンバーの勇気ある一人が仙人からノートを受け取ると、みんなで顔を寄せ合ってそれを開けて読んでみたんですって。
『カーテン開けて出た カーテン開いたままだった』
そんな記録が日付と共に書いてあるだけ。もう、みんなでうわあっ……となりましてね。すぐにノートから顔を上げて、「この人大丈夫か」と仙人を見やったそうです。
「毎日、書いた」
ノートに毎日こんな内容書いたって、そんなの変人の日記で一蹴ですよ。ところが仙人、白眼視も気にせず「どうぞ、最後まで読んで」と手のひらで促してきましてね。仕方なしに、みんなで最後まで読んだんですって。
実際は、途中から段々文字が大きくなって何行も使ってあったそうです。そして途中から現れた『俺はカーテンを開けて出た。アツコがカーテンを閉めていた。』という記述。それが現れると後は全部、ノートの最後のページまでぎっしりと同じ内容が書いてあったんですって。
「あの……アツコさん……? って……誰、なんですか……?」
ノートを返しながらおっかなびっくりそう尋ねますと、仙人は気色悪い顔をして一瞬はにかんだそうです。
「へへ……ぇへへっ……」
ノートを受け取ると、満足げにサークルから出て行って。それきり仙人がどうなったのか、ようとして知れないそうですよ。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 燈魂百物語第五夜
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/348328666
収録: 2017/02/17
時間: 00:51:40 - 00:57:20
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。