【禍話リライト】 老面男
子供にはできれば子供の領分にいて欲しい。大人の、ともすれば醜い世界に子供が必要以上に関わらないようにする、というのが社会のコンセンサスだと思います。我が子に対する親の態度など特にそうではないでしょうか。難しい話ばかりではなく、サンタクロースの存在やお年玉の行方なども同じようなものかもしれませんね。
もうとっくの昔に成人している男性が小学生の頃、妹さんと共に体験した話になります。
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なにせその頃は彼、小学生ですから。自分の部屋なんてものはなくて、部屋は二つ違いの妹さんと共用。二階の子供部屋。夜は兄妹揃って二段ベッドで眠っていたそうです。
そんなある日の夜中のこと。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
身を揺らされた彼が「何? トイレ?」と目をこすりながら起き上がりますと、妹さんは首を振って否定して、
「お庭に変な人がいる」
と、部屋の窓を指差して不安げに言ったそうです。驚いた彼がおっかなびっくり窓の外を見てみると、本当に不審者が庭に立っていたんですって。お爺さんらしい人物。ただ、暗い上に彼は視力が弱かったので、裸眼でははっきりと見えない。
「えーっ、誰だろう?」
それで眼鏡をきちんと着けてもう一度よく庭を見下ろしましたら、正確にはお爺さんではなかったんです。
「お面だ……」
庭に立っていたのは、お爺さんのお面を被っている人物。その仮面の下の表情はもちろん、髪型も背格好も中性的でその人物が男か女かわからない。そんな人影が、彼らのいる二階の子供部屋の方を顔を上げてじーっと見つめていたんですって。
目が合う、と思った瞬間には妹さんと共に窓のそばにしゃがみこんで隠れまして。少ししてから恐る恐る顔を上げて見てみると、その人物。庭中をでたらめに走り回っていたそうです。顔は上げ視線は子供部屋の窓に貼り付けたまま。決して広くはない庭を行ったり来たり、軽快に走り回っている。
ただ、こちらに来る気配は一切しなかったそうで。怖いと言えば怖いけれど、変な人だなあと。不思議なことに、その時彼らはあまり危機感を覚えなかったそうなんですね。窓の鍵が閉まっていることを確かめ、しっかりカーテンを閉じると兄妹はベッドに戻って寝たそうです。
それで翌朝、朝ご飯に納豆をかき混ぜながら「変な夢かもしれないけれど……」という体で両親に昨夜のことを報告しましたら、それはもう深刻そうに両親は兄妹の話を聞いていたそうなんです。「寝ぼけてたのだろう」とか一切否定することなく、じっと聞いていて。当時、彼の祖父母も一緒に暮らしていたということなんですが、彼らも同じように、箸を止めて緊張した面持ちで聞いていたんですって。
兄妹が家から出て行くときも、普段は見送りになんか出てこないのに「いってらっしゃい」と母親が角を曲がるまで見送ってくれてね。「不思議だなあ」などと思いつつ彼は小学校に行ったそうです。
さて。兄妹が授業を終えて学校から戻ってくると、知らない車が停まっていて。玄関を開けると、まだ夕方なのに父親の革靴がある。「親戚の人でも来たのかな?」などと思いながら家へ上がると、両親、祖父母と共に居間にいたのは全然知らない中年の女性だったそうです。
「あらー、おかえりなさい。こんにちは」
彼女は朗らかに挨拶をしてくる気さくな「おばちゃん」だったそうです。彼らが驚きつつ挨拶を返すと、「あ、お菓子あるわよ、お菓子。食べる?」と、お土産のお菓子を兄妹に振る舞ってくれたりして。どうやら大人たちは居間で何事か話していた気配。
とりあえず部屋に荷物を置きに行こうとすると、ご両親がそれを止めましてね。
「今日は一階で、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に寝なさい」
と、そう言ってきて。ランドセルはおじいちゃんたちの使っている和室に置いてきなさい、とそう言うわけです。
それで祖父母の部屋に向かうと、子供部屋から運んできたんでしょうね。漫画や遊び道具が幾つか持ち込まれていて。
「ちょっとこの人とお話があるから、あなたたちはこの部屋で遊んでて」
と、そう言われて襖を閉められてしまった。いよいよ変なことになってきたぞ、などと思いつつも、彼らは大人しく祖父母の部屋にいたそうです。こっそり耳を澄ませると、
「ええ──では──」
「──これで──明日まで──から」
「はい──お願いします」
どうやら両親と祖父母は見知らぬ女性に何事か頼み事をしているらしい。話がついた気配がしたので、もうあの人は帰るのかな、と思った二人が居間に出てみると、全然そんなことはないんですね。
「ちょうどお話が終わったところなのよ」
と、相変わらず優雅に微笑んでいたんですって。夜になっても当然の如くその人はいて、晩御飯も一緒に食べたそうです。父親はその日、晩酌をすることもなく、女性が愉快なお話を提供して場も和んで。
「いや美味しかったです。どうもすみませんね。ごちそうになっちゃって」
「いえそんな。お粗末様でした」
大人たちは子供の彼らには何も教えてくれないんですけれどね。でも本当に、その女性は柔和な方で妹さんもすぐに懐いたそうです。お風呂をその方と一緒に入れるくらいに。お風呂上がりにはみんなで一緒になってスイカを食べたりしてね。
「ようし、じゃあ、寝るぞ!」
いつもよりハイテンションな祖父に手を引かれて、祖父母が寝るにしてはいつもより少し早い時間に、一階の彼らの部屋に連れて行かれたそうです。
「あ、でも、明日の準備が……」
「明日の学校の準備はお父さんとお母さんがやっておくから。今日はもう寝なさい」
普段だったら絶対そんなこと言われないのに。それならこれから毎日そうしてくれたいいのになあ、などと思いながら、彼ら兄妹は祖父母に挟まれるようにして、その日はぐっすり眠れたそうです。
翌朝、スッキリとした気持ちで兄妹が目覚めると、起きるなり大人たちに「おいで」と仏間に呼ばれたんですって。
「仏壇にお参りしましょうね」
普段はそんなこと言われたことなかったそうなんですけれどね。でも、お水を供えるくらいのお手伝いはしていましたから。特段拒否感のようなものは浮かばず、返事をすると仏間に向かったそうです。
すると、昨日からいる女性が、白い衣装を着てそこにいたそうで。有り体にいえば、巫女さんが着るような白衣に近いものを着て。子供心にかっこいい、と思えるような装束。どうやらその女性は一睡もしていないのか目の下に若干隈がある。
「あら、おっはようー」
ところが、明るくにこやかに兄妹に挨拶をしてきたんですってね。もう、目に見えて憔悴しているのが幼い彼らにも伝わっているのに。きっと、この仏間に一晩中起きていたんだろうな、と直感で彼は理解したそうです。
「ようし。じゃあ、仏壇の前にお座りして、お手々を合わせて目を閉じましょうねー」
彼女の言い知れぬ気迫に押されるように、彼らは仏壇の前に横並びに並べられた座布団に正座をすると、言われた通りに手を合わせて目を閉じて。
すると、その背後で女性が何事か唱えながらサラサラと塩のようなものを振りかけていたのだそうです。
「──さあ、これでもう大丈夫ですよ」
兄妹にではなく、仏間の敷居から固唾を呑むようにして見守っていた両親、祖父母に彼女は告げて。
「どうぞ、ご苦労さまでした」
兄妹にも「もういいよ」と声を掛けますと、彼女自身も安堵したのでしょうね、大人たち全員、皆一様に大きく息を吐きだしたんですって。
「ああ……よかった、よかった」
「本当に、本当にありがとうございます」
と両親たちはしきりにお礼を述べていたそうです。
あとはもういつも通り。
身支度をして、朝ご飯を食べて、歯磨きをして……と、ところが、家を出る直前になって、昨夜両親が準備してくれていた学校へ持っていく荷物に、クラブ活動で使うバスケットシューズが欠けていることに気が付きまして。
シューズを取りに行こうと、小走りで二階に駆け上がったんです。階段を駆け上がる音で両親も息子が二階に行ってしまったことに気がつき、慌ててその後を追ってきましてね。しかし「待って」と呼び止めるのも間に合わず彼は二階の子供部屋を覗いてしまったそうです。
二階の子供部屋。彼らの使っていた二段ベッドが、真ん中から「く」の字にきれいにバッキリと折れていたんですって。妹さんが寝ている段も、彼が寝ている段も。まるで巨大な何かに力任せに殴りつけられたようにして、不自然に折れている。
驚いて目を丸くして硬直している彼に、両親は「見ちゃったか……」みたいなことは言うんですけれど、特に何も説明してくれなくて。
兄妹が夜中に見た人影も、急にやってきた中年女性のことも、ベッドが折れていた理由も何もかも。
彼らが成人した今も何も教えてくれないし、彼らもまた、敢えて何も聞かずにいるのだそうです。
この記事は禍話で語られた怪談を元に作成されました。
文章化に際して元の怪談に脚色をしております。何卒ご容赦ください。
出典: 燈魂百物語 最終夜(閲覧少々注意)
URL: https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/350334141
収録: 2017/02/24
時間: 00:20:25 - 00:26:15
記事タイトルは 禍話 簡易まとめWiki ( https://wikiwiki.jp/magabanasi/ ) より拝借しました。