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北上市へ(1)鬼剣舞、そして利根山光人というひと。
岩手県北上市へ。ここは妻の故郷なのだ。あの忌まわしいウイルスのおかげでのびのびになっていた高校の還暦祝いを兼ねた同窓会があるというので、この機会にご無沙汰していた親戚への挨拶や墓参をしようということになり同行と相成った。旧友に会ったり日をずらしてのクラス会もあるとかで妻は日中忙しいので、フリータイムをあまり「まだ知らない北上市」を解き明かすでもなくぶらぶら歩くことにする。
北上市は「鬼のまち」だ。近年この付近の郷土芸能・鬼剣舞(おにけんばい)がさまざまなメディアで紹介されその知名度も増してきた。鬼のような面をつけた集団が勇壮に踊るさまは一見の価値がある。地域ごとにその伝承は微妙に異なるが、いずれも「鬼」の面に角はない。それもそのはず、鬼剣舞は念仏踊りの一種で、鬼のような形相の正体は仏の化身なのだ。妻もこの鬼剣舞には並々ならぬ愛着をもっている。
北上駅西口改札の前に立って顔を上げると、左右いっぱいに鬼剣舞をモチーフにしたレリーフが目に入ってくる。この作者が利根山光人という人で、鬼剣舞や近隣に伝わる鹿踊りなどに魅入られ北上にアトリエを構えたという。没後、北上市に寄贈され現在は利根山光人記念美術館として公開されている。桜で有名な展勝地に向かう北上川沿いの小高い丘にその美術館はあるというので、とりあえずはそこを目指す。
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10時の開館に1分フライング。そっとのぞくと年配の男性が「どーぞ」と招き入れてくれる。他には誰もいない。いきなり貸し切りになってしまった。数分間ていねいなレクチャーをしていただき、ゆっくり見て回る。といってもワンフロアの小さなミュージアムなので展示してある作品も多くはない。
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この色彩感覚は好みだ。そして、高みから切々と教えを唱えられるよりもこうした荒ぶる仏のほうに畏怖の念を感じる。不信心者のたわごととは重々承知ではありますが。
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文化の日ということで作品のポストカードを5枚もいただく。入館料(300円)を超えてしまうと思うのですが、何だかもうしわけない。「これから少し歩いてみちのく民俗村というところまで」というと「今年はこの陽気でいまいち紅葉がきれいじゃないんですよね」とのこと。確かにこの日最高気温はこの岩手で25度にも行こうかという予想なのだ。館を出ると11時前にもかかわらずすでに暑い。