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伊那路の退屈な夜。
千葉県の公立高校の入試があったらしい。もう48年前になるからオソロシイ。あの日に戻りたいとは思わないが、なんだかんだ言って濃厚な3年間だった。
4月から高校生という中学最後の春休み、伊那路への一人旅に行った。春休みの一人小旅行というのは小学5年から続いていて、福島の親戚の家へ行ったのを皮切りに、房総や信州松本への日帰り、3歳まで暮らした宮城県塩釜市を訪ね当時のお隣さんの家に泊めてもらうなど、時刻表とにらめっこしながら旅のスケジュールを立てて実行するのが楽しみだった。そして高校生になるのを機に、そろそろ宿に一人で泊まるのもいいだろうと計画を立てた。もとより親は「いいぞやれやれ」というタイプなので問題はない。ただ宿でのいらぬトラブルを避けるため、予め中学生一人が泊まる旨了解はとっていた。
新宿から中央本線で塩尻へ、飯田線に乗り換え箕輪という町の国民宿舎に泊まり、翌日飯田から天竜川の舟下りを体験し、豊橋に出て東海道新幹線で戻るというルート。信州へは家族旅行でも何度か訪れていたが、この方面はまだ未踏だった。
宿は街を見下ろす山の上にあった。今地図で見るとおそらく萱野高原というあたりだったのだろうと思う。国民宿舎と呼ばれる宿泊施設は見当たらないのでもうなくなっているのだろう。チェックインは「清く正しい中学生でしょう」という印象付けをするためあくまで礼儀正しく、よろしくお願いしますとさわやかな笑みを忘れずに。部屋に荷物を下ろして宿の周囲を一回りするが、これといって何もない山の上だ。おまけに春まだ浅い信州はけっこう寒く、早々に引き上げる。宿泊客もまばらで静かなことこの上ない。食堂で夕食をとりほとんど独占の風呂をすますと途端にすることがなくなってしまった。部屋から街の灯を眺めながら(見えたと思う)、来る高校生活を想像してみたりするが、それもすぐ飽きた。テレビをぼーっと眺める。チャンネル少ないなー(とか思っていたような気がする)。
さみしさや心細さはこれっぽっちもなかったが、どうにも一人の宿の過ごし方がわからない。あの頃ギターを始めたばかりで、本など全く読まなくなっていたので連れてきた文庫本もない。10代前半の中坊には、退屈を手のひらの上で転がして遊ぶなんてデカダンなスキルはまだ持ち合わせていない。明日の予定を確認して早々に布団に潜り込んでしまった。
舟下りはなかなかの迫力で楽しかった。車窓から見え隠れする天竜川の眺めもよく覚えている。それでもあの夜の所在なさにはかなわない。
見出しのイラストは「白原すみ」さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。