書籍『妄想と具現』本文公開①「はじめに」
こんにちは、知財ハンターの出村光世です。
これは、2023年1月に刊行した「妄想と具現 〜未来事業を導くオープンイノベーション術 DUAL-CAST」の本文を公開するためのnoteです。
この本は、複雑化が止まらず、課題だらけの時代の中、世界を進化させるような「未来事業」が一つでも多く生まれることを願って、DUAL-CASTというプロジェクトデザインの手法を紹介するものです。
新規事業開発者はもちろん、技術をつきつめる研究者、未来を可視化するクリエイターまで、オープンイノベーションに関わるすべての人に向けた一冊となっております。特に自社技術を保有されている企業に所属されている方には読んでいただきたいです。
書籍は著作権を伴う知的財産ではありますが、幅広い方々にとってヒントを見つけてもらうために、出版社の日経BPさんと協議を重ね、本文公開に至りました。
知財図鑑・Konelに集まってきたチャレンジングなプロジェクトの経験則から抽出した「共創の鍵」を出し惜しみなく公開します。
今回の公開対象は本書の前半部分で、DUAL-CASTの骨子を掴んでいただける内容となります。また共創プロジェクトを生み出すためのメソッドだけでなく、様々な企業のテクノロジーを用いた未来の妄想も多数掲載しておりますので、図鑑的に眺めていただくだけでも楽しい内容となっております。
以下のキーワードにピンとくる方は、まずnoteを読んでみてください。
それでは、めくるめく妄想と具現の世界へ、いってらっしゃい。
【本書のキーワード】
#共創 #バックキャスト #フォアキャスト #脱自前主義 #脱バイアス #プロトタイピング #実証実験 #PoC #越境ワークショップ #未来イシュー #妄想の可視化 #オープンイノベーション
<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
④技術から未来事業を導くDUAL-CAST
未来事業を生み出す現場の今
「明日から新規事業部で活躍してもらいたい。これまで営業、生産管理、マーケティングと様々な部署で経験を積んできた君なら、我が社の歴史にない斬新な企画を思いついてくれるはずだ。大いに期待しているよ」
ある日突然こんな純真無垢な経営層の期待を背負って、新規事業部に着任するビジネスパーソ ンは少なくない。むしろ、こういったケースは多数派で、特に歴史が長い優良企業ほど、その傾向は強いと実感している。
この経営層の判断は、半分は正しいが、半分は間違いだ。
様々な部署で経験を積んだビジネスパーソンは、自社の得手不得手を熟知し、社内における高い「調整力」を持ち合わせている。これらの能力は新規事業を立ち上げるうえで不可欠な能力である。これが半分の正しさだ。このように抜擢される人材は得てして人間力も高く、社内からの信頼も厚いので、大きな期待が寄せられる。
一方で、こういった人望の厚い新規事業担当者から、調整力だけでは解決できない課題があると相談されることが増えてきている。実際にあった、典型的な悩みを仮名で紹介しよう。
いくら優秀で人望が厚い人でも、急に新規事業を立ち上げよと命じられても困ってしまうのは容易に想像できる。特に前例のないことを求められると、これまで積み上げてきた自社の資産を生かしにくく、悩んでいる方は多い。
新規事業の創出は、プロフェッショナルなスキルである。海外企業においてはそのポジションが明確に用意され、専門的な人材が流通しているが、日本企業においてはジョブローテーション制度の中で、急に着任するケースが数多く存在している。
これも高頻度で持ち込まれる悩みの一つだ。斬新なアイデアを形にするには組織としても担当者としても「自己拡張」が求められるので、担当者はおのずとこれまでのつながりの外に新たな情報やパートナーを求める。これは自然な流れだが、「どこに行けばよいのか?」「そこで自分のバックグラウンドとして何をプレゼンテーションすればいいのか?」と考え込み、足踏みしてし まうことが少なくないようだ。
強い違和感を抱いてしまう状況だが、これが最も多いといってもよい悩みである。これまでにない斬新な企画を期待されていたはずが、「前例がない」という理由で合意を得られないのは、この上ない不幸だ。このケースは企業体質が影響している可能性が高く、イノベーティブな企画を用意しても通らない、悲観的な状況だ。
企業は、既存事業のために様々な技術資産を保有している。しかしその技術資産は、既存事業の色が付き過ぎていたり、特許を取得して以来ずっと使われずに眠っていたりすることが少なくない。「もったいない!」と感じることはあっても、どうすれば未来の事業に活用できるのか、なかなか発想が広がらないという状況だ。
未来事業を生み出す現場では、日々このような悲鳴が上がっている。
いろいろな企業を観察してみると、「無意識な自前主義」や「短期的な合理性」がはびこっている企業では、こういった状況が多く生まれてしまうようだ。
しかし安心してほしい。
情熱をもった人材がチームを組み、ひとたび視点を変えることで、飛躍的な未来を描くことができる。そして共創を促すことで推進力が高いプロジェクトをデザインできる。
本書では、これまで私が仲間のクリエイターたちと新規事業の立ち上げを支援する中で見いだしてきた共創のコツを体系化している。
前出のような課題を抱える新規事業担当者や、新規事業を支える研究者やクリエイターと体系を共有し、オープンイノベーションを通して世界の進化のスピードが速まっていくことを願っている。
はじめまして、知財ハンターです。
この本を手に取ってくれた読者と問題意識を合わせるために、現場の声を取り上げることから始めてみたが、共感からうなずいてしまった読者は、本書で得られるものが大きいはずだ。
本書では、自社のバイアスを打破し、飛躍的なアイデアを妄想し、プロトタイピングによって未来事業を具現化するためのオープンイノベーション術をまとめている。ポイントは「新規事業担当者×研究者×クリエイターのコラボレーション」にある。様々な実例から抽出した成功例を、一つの体系に紡ぎ上げているので、新規事業部・研究開発部・知財管理部など、「未来事業」の創造を担っているビジネスパーソンに、明日の一歩を踏み出すヒントを受け取ってもらえるとうれしい。
そして、クリエイター各位へ。
商品広告やブランドデザインを得意としているクリエイターと共有したいのは、未来事業開発は「可視化スキル」と「体験化スキル」が大きく役立つという事実だ。一人でも多くのクリエイターが、未来を導くプロジェクトに関与できる。そんな世界をつくっていきたいと願っている。
本編に入る前に、背景として私が代表を務めるクリエイティブカンパニー・Konel(コネル)と イノベーションメディア・知財図鑑を紹介する。
Konelと知財図鑑
Konelの設立は2011年。以前はアクセンチュアというコンサルティング企業に勤めていた。 国家的な大規模プロジェクトで左脳をフル回転させ続けていた反動で、ロジカルシンキングだけでなくクリエイティブなアウトプットで世界に貢献したいと一念発起し、大学時代の音楽仲間であった荻野靖洋(現・KonelのChief Technical Officer)と、宮田大(現・KonelのCheif Creative Officer)に声をかけた。まるで「バンド組もう」と声をかけるくらいの軽やかな気持ちで、勢いで創業した。合理的に正解を導くのではなく、「こっちの方がかっこよくない?」「いや、 ぜんぜんダサい」といった調子で感覚的にぶつかっていける間柄で、ビジネス畑とテック畑とデザイン畑が融合して生まれたのがKonel というチームだ。
現在はブランドデザイン・研究開発・アートなど領域を横断して活動する越境型クリエイティブ集団として、30を超える職種のクリエイターが混ざりながら、企画や制作活動に勤しんでいる。日本橋(東京)、金沢、下北沢に拠点を構えているが、日本を転々としながら働いたり、海外へ移住したりするメンバーもいる。これまで所属してきたメンバーの国籍は日本、米国、インドネシア、ベトナム、韓国、台湾、ドイツなど、10を超えており、職種もデザイナー、エンジニア、コピーライター、プランナー、プロデューサー、書道家と様々で、平均して一人2〜3職種を掛け持ちし、創業以来ずっと人の数より職種の数が多い状態が続いている。働き方もそれぞれだ。正社員、フリーランス所属、インターンシップ、大企業に勤めながらのパラレルワーカーなど、メンバーのライフスタイルにフィットする形で活動している。
文化や興味の的、働き方や拠点がバラバラである私たちが空中分解しないよう、共有しているキーワードがある。それは「欲望を形に。」という合言葉だ。
自社発信のプロジェクトもクライアントワークも、自分たちが心底欲しいと思えるものだけを生み出し続けよう。本音を交わさずにアウトプットする仕事はやめよう、という価値基準を合言葉で共有している。そのせいで偏りが生まれたり、意見がぶつかったりすることも少なくないが、 独自性の高いアウトプットが生まれやすいという手応えを感じている。
欲望を形にする、とはクリエイターとしてのマインドであると同時に、アイデアを発想のまま終わらせず体験を通して未来を検証する姿勢でもある。これまでに参画してきたオープンイノ ベーション型のプロジェクトで、どのような未来の体験を共創してきたのか、いくつか例を紹介しよう。
気象データを基に3Dフードプリンターで調理する「サイバー和菓子」
市民から脳波データを自動で買い取り、唯一無二の絵画を生成する「BWTC」
室内の感情を栄養にして育つデジタル植物「Log Flower(ログフラワー)」
世界のトレンドからプレイリストを生成するラジオ「MOMENT TUNER(モーメントチューナー)」
遠隔診療の選択肢を拡張する無人医療ブース「スマートライフボックス」
日常生活で見過ごす“美”にしおりをはさむメガネ「SHUTTER Glass(シャッターグラス)」
これらは専門家や企業と共創してきた一部の事例だが、いずれも言葉だけではイメージしづらいと思うので、体験については本書の後半で説明する。
これらのアウトプットに共通しているのは、未来の生活を示唆するようなスペキュラティブ(推測的)なアプローチだ。そこで重要になってくるのが「リアリティー」。つまり非現実的で幻想的な体験ではなく、「これは起こりうる未来だ」という予感を受け取れることを重視している。
そのリアリティーの根源が、本書のタイトルである「妄想と具現」の力だ。「妄想」には様々な立場から洞察する未来のイシューが、「具現」にはテクノロジーが欠かせない。
Konelと知財図鑑では、四六時中、イシューとテクノロジーの話題が飛び交い、妄想と具現を繰り返している。例えば「未来では本業と副業という区別はなくなりパラレルワークが当たり前になる」とか「すべての食事はパーソナライズされて自動調理される」といった調子だ。
持ち込みテック
そしてここ数年、様々な領域の企業や研究者から「この技術を未来づくりに生かせませんか?」という相談が急増している。そうやって我々に届く技術を愛着を込めて「持ち込みテック」と呼んでいる。
持ち込みテックは、漏れなくいつも興味深い。そして、未来への活用方法に迷っている。
「あるとき実験していたら、たまたまこんな素材ができたんですよ。見たことない光り方するのよ、すごいでしょ!これで誰か喜ばせられないかな?そしてあわよくばビジネスにできないかな・・・・・・」
ビジネス上の収益性が見えないと研究が続けられない、という相談者の心の声を聞きながら、私はいつもその情熱に感動する。そう、技術とはビジネスありきで開発されるのが当たり前なのではなく、研究者の偏愛や、偶然の重なりによって生まれることが多々あって、そういう技術ほどユニークで面白い。
ここで一つの例を挙げよう。2018年にプロトタイピングした「Transparent TABLE」(トランスペアレントテーブル)は、パナソニックの研究所から持ち込まれた「マルチタッチモニター」技術がきっかけで生まれた未来の会議テーブルだ。
この技術を端的に説明すると、複数人で同時に操作しても、誰がどこを触ったか識別できるディスプレーモニターである。持ち込まれた当初、このマルチタッチモニターには「モグラたたき」のゲームが実装されていた。確かにこの技術の特性を生かすにはモグラたたきはキャッチーで分かりやすい。ゲームセンターにある昔ながらのモグラたたきと違って、これなら同時に対戦できる。しかも、とてもシンプルなルールなので迷わず迅速に開発できそうだし、何より作っているときも楽しそうだ。こういうMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の作り方はとてもリスペクトできる。
ただ、「モグラたたき」では事業性の高いマーケットを生み出すことは期待できず、世の中への影響力も限定される。そのためかこの技術は開発された後、我々の下に持ち込まれるまではラボで待機している時間が長かったようだ。
時を同じくして、米国テキサス州で開催された大規模なテックカンファレンス「SXSW」(サウス・バイ・サウス・ウエスト)で「Transparent API」という技術に出合った。会話の音声から文脈を理解し、その会話に関連する「画像群」をインターネットから引っ張ってきてくれるビジュアライジングのテクノロジーだ。言葉はいつも曖昧なもので、意味が伝わらなかったり、「言った・言ってない」というもめごとが生まれたりする。でも会話に合わせて関連する画像群が目の前に現れると、自分が伝えたかった言葉の意図を正確に素早く示し、認識を合わせることができる。「この技術を何に応用すると面白いか?」とパナソニック Wonder LAB Osakaの福井崇之氏とTransparent APIの開発者である井口尊仁氏(現Audio Metaverse 創業者 CEO)の3人で盛り上がっていた。
盛り上がり始めて間もなく、「パナソニックの研究所にしまわれていたマルチタッチモニター技術と組み合わせて会議で使えば面白い。会議では認識齟齬が起こりやすいが、Transparent APIを組み合わせればスムーズに意思疎通ができるようになるに違いない」というアイデアが生まれた。そして発想されたのが「手ぶらで話せる未来の会議テーブル」というコンセプトだ。コンセプトの下で、会話は弾む。
普段は当たり前だと思って無意識に続けていた会議のプロセスの中に、いろいろなペインが見つかり「手ぶらで話せる未来の会議テーブル」の体験が浮かび上がってきた。
ここまでくれば、あとは作るだけ。
チーム全体が作りたくてウズウズし、まもなくテーブルの3Dモデルが生まれ、画面のUIデザインが描かれ、体験設計が詳細に議論され、プロトタイプが誕生した。
最初の企画会議からプロトタイプの完成までの期間は、わずか38日間。あっという間に未来が体験できる状態になった。
まさに「三人寄れば文殊の知恵」。大企業・起業家・クリエイターが垣根を超えてアイデアが妄想され、そして具現化される共創のプロセスは実にダイナミックな経験となった。
Transparent APIとマルチタッチモニターを組み合わせて作ったテーブル「Transparent Table」を囲んでミーティングを始めると、会話の中で登場するキーワードに関連する画像が即座にテーブル上に表示される。例えば「ギョーザ」というテーマで複数人が会話をしているとしよう。同じギョーザという言葉でも、それぞれが思い浮かべているギョーザのサイズや形状、焼き目の塩あんばい梅は少しずつ異なっているものだが、ディスプレーに複数のギョーザの画像が表示されるので、会話を進行させながら視覚的なイメージの共有が自然とできるのだ。モグラたたきさながら、画面をタッチしてピン留めしたイメージ画像は参加メンバーごとに画像議事録としてクラウド上に保存され、スマートフォンからも気軽にアクセスできるのでミーティング後の共有もスムーズである。従来の会議にありがちなイメージのすれ違いや議事録の手間など、非生産的なステップをばっさり省略し、手ぶらで創造的なミーティングができるのだ。
このプロトタイプは東京国際フォーラムで開催された「パナソニック創業100周年イベントNEXT100」にてお披露目された。
プロトタイプの横には、会議だけでなく、医療や教育、行政などでの応用シーンを妄想して展示した。さらに「この技術を応用してどんな未来が想像できるでしょうか?」と書いたメッセージボードと付箋紙を用意しておくと、来場者の妄想が自然といくつも集まった。
こうして、モグラたたきでペンディングしていたマルチタッチモニター技術は「未来の会議テーブル」へと生まれ変わり、「こんなシーンでも使えないか」「こんな応用方法も考えられないか」といった建設的なフィードバックを様々な来場者から得ることができた。ラボで待機していた技術と最先端のテクノロジーが組み合わさったことで、爆速で未来を引き寄せることができた。
これは、クリエイターとしての活動方針に大きく影響する原体験となった。38日間、ずっとワクワクしていた。そして展示が終わった直後、焦燥感にも似たソワソワがやってきた。
そのソワソワは、マルチタッチモニター技術のように応用の可能性を秘めているのにその力を存分に発揮できていないテクノロジーが、実は世の中にたくさん埋まっているのでは?という予感から来るものだ。「もったいない!」という焦りと、未知の技術と出合える武者震いとが、ない交ぜになったような感情だった。
そしてその予感は、後に的中した。
知財と事業をマッチングさせる「知財図鑑」
「持ち込みテック」という形で、私たちの下に特許技術をはじめとした知的財産(以下、知財)の活用を求める相談が来るようになって発見したことがある。それは、多くの知財がビジネスを生み出す事業開発者の視界に入りにくいという実態だ。
経済産業省・特許庁から発行されている「特許行政年次報告書」に目を通すと、その問題の輪郭がくっきりと見える。2021年版の同報告によれば、日本企業の研究開発への投資金額は世界第3位である一方、国内特許の「利用」状況は50%前後と主要先進国の中では下位である。「利用」とは特許に対応する商品を作っていること、あるいは特許に対応する事業を行っていることを指す。つまり、国内特許技術のおよそ半数は、権利の防衛目的に出願されたか、事業化の前提なく出願されたが使われることなく保管されているようにも見受けられる。
もしこの解釈が正しいとするなら、未来の会議テーブルを開発した際に抱いた焦燥感は、あながちズレていない。
なんと、もったいない話だろう。
「持ち込みテックに、新たな出合いを見つけたい」
そうして2020年、Konelの社内プロジェクトとして立ち上がったのがイノベーションメディア「知財図鑑」だ。「世界を進化させる非研究者のための知財データベース」と銘打ち、分かりやすく知財を紹介することによって、知財業界や研究畑からだけでなく、新規事業開発者やクリエイターたちからも反響を得ることとなった。メディアの公開から間もなく、取り組みの社会的な意義が評価され、グッドデザイン賞(2020年度)を受賞することになった。
その時の講評は以下のようなものだった。
私たちが目指したのは「知財への関心を高め、活用範囲を拡張し、応用のチャレンジを誘発」することだった。そこが正しく評価されたことは、今もなお迷わず活動に注力することにつながっている。
そうして「知財図鑑」を始めてから3年、知財図鑑の編集部に持ち込まれる技術は日に日に増え、掲載している知財は750を上回り、知財を用いた未来の妄想を発信し続けている。するとインターネットを介して「知財図鑑で紹介しているこの技術を、こんな事業に活用した」というマッチングが生まれるようになった。
知技術を未来事業へ導くためのオープンイノベーション術
知財図鑑では、「非研究者」、つまりはビジネスをつくる事業開発者に知財が持つ可能性を届けるために、知財の良さを分解し、技術用語を翻訳し、知財によってでき得る未来を妄想し、発信している。そして、反応がよい妄想はプロトタイプを試作して体験を生み出すプロジェクトに発展している。
価値を分かりやすく、スピーディーに理解してもらうことが本職であるクリエイターにとって、この一連の流れはごく自然なことだったが、相談を持ちかけてくれる企業の技術者や知財管理者から、ことごとく「なぜそんなことを思いつけるのか?」「うちの研究員にもそういう発想ができるようになるか?」と質問を受け続けてきた。何度もそう言われるうちに自分でも疑問が湧いてきた。
確かに、特定の技術の専門家でもない私たちが、なぜ新たな活用法を思いつくことができるのだろう。
これが、私たちがクリエイティブの世界で自然と身に付けてきた発想法や、無自覚に行ってきたアイデアの推敲法を改めてきちんと体系化する契機となった。
ある技術を、まるで大喜利のお題のように設定して未来の活用方法を「妄想」し、実装力でそれを「具現」し、仲間を魅了し、事業化に向けてプロジェクトに発展させていく。私たちはこの一連の手法を、「DUAL-CAST」(デュアルキャスト)と名付け、オープンイノベーションのプロジェクトをデザインするための手法として体系化した。
本書には「DUAL-CAST」の方法論や具体例を盛り込んでいる。読み進めながら順に「DUALCAST」の一連をトレースするも、あるいは自社の状況に合わせて部分的に活用することもできる。
冒頭の序章では、私たちが知財の世界に足を踏み入れて見えてきた、知財を取り巻く現状や世界における日本の科学技術の状況を共有する。専門的なトピックも含まれるため、いち早く「DUAL-CAST」の中身に触れたい読者は、「妄想プロジェクト」を図鑑形式で取りまとめたCHAPTER1からページを開くのもよい。
CHAPTER2では「DUAL-CAST」の体系について紹介し、CHAPTER3〜7にかけてはその具体例についてひもといていく。CHAPTER8には私たちが「DUAL-CAST」の開発に至るまでに経験した、オープンイノベーションの実例を用意している。
この本が優れた技術を持ちながらも立ち止まっている人々の思考を柔らかく広げ、いまだ存在しない事業や未来のサービスを立ち上げるためのヒントとなることを願っている。
<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
①はじめに
②新時代の知財ライフサイクル
③“妄想” は、具現のはじまり
④技術から未来事業を導くDUAL-CAST
『妄想と具現』Amazonページはこちら