脳波、腸音、液画。CESでサントリーグループが示した未来の可能性
COVID-19の影響から抜け出し、過去最大級の出展者数にのぼるテクノロジーの見本市CES。(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)
1/5からラスベガスで開催された同イベントには各国の先端技術が密集し、多くの参加者が右へ左へ目を光らせながら歩いている。
LGやTCLを始めとした中国企業、SUMSUNGを始めとした韓国企業、そして日本からはSONYやPanasonicが大型展示を繰り広げる中、ベンチャーマインドを強く感じるブースを訪れた。
Suntory Global Innovation Centerだ。
飲料や健康食品、サプリメントの領域においてはサントリーを知らない日本人はいないだろうが、CESでそのロゴを見かけるのは意外であると同時に、とても興味深かったのでまずは速報として同社のチャレンジを取り上げたい。
紹介するのは4つのヘルステックと、1つのフードテックだ。
サントリーグループがヘルステックを強化する理由
まずはヘルステックから。
美味しく、安全で、ヘルシーな飲食を提供するために、同社はこれまでも無数の研究開発を通してテクノロジーを極めてきていることは既知のことであるが、今回発表されているプロトタイプは「食に至る前のプロセス」に目を向けている。そのその理由を一言でまとめるとこうだ。
「様々な機能を持つ食品や飲料が数多く製造しているが、生活者のその時々の状況に合わせてより良い選択を提案するには、データが足りていない」ことがヘルステックの研究開発を強化するきっかけになっていると、サントリーグローバルイノベーションセンター(株)研究推進部の鈴木雄一氏は語ってくれた。
それでは、生活者とのデータ接点として期待されるプロトタイプを紹介しよう。
XHRO
XHRO(クロ)は、生体の常時モリタリングを目指したセンサーだ。
両耳の後ろと首の後ろ側、合計3箇所に電極を貼り付けて、様々な生体データを取得できるのだ。
具体的には、脳波、体温、加速度、脈拍を検知することができ、それらの数値を組み合わせて分析し、独自の健康指標を観察できる仕様となっている。
体温や加速度、脈拍は、スマートウォッチなど一般的なウェアラブルデバイスでも分析が日常化しているが、XHROは分析の領域を脳波にまで広げていることで、ヘルスケアに対する提案の幅が広がることが期待できる。
こんな具体的な行動が提案される未来がやってくるかもしれない。
その人の特性や健康状態に応じたより質の高いレコメンデーションを目指すためには、毎日常時または長時間のセンシングを継続することが求められるが、XHROはその装着性において課題を乗り越えようとしている。
脳波を計測するためにはヘッドギアのような非日常的なデバイスを身につけることがこれまでの普通であったが、これでは常時センシングは現実的ではない。また昨今ではイヤホン型の脳波計も登場してきているが、超時間耳を塞ぐことも難しさがある。その点、XHROは目立たずに、長時間に渡って自然と装着することができる。
実際に研究者である水谷治央氏にインタビューしていたときも、彼が装着していることに気づかず、終わりがけにようやく発見することができたほどだ。
現時点では、専用のスマートフォンアプリを通して健康指標を観察できるところまで開発が進んでいるそうだが、今後は独自の健康指標を洗練させ、具体的な行動のアドバイスにつなげる研究に着目したい。
そのようなアドバイスの中で、サントリーのビジネスが健全に拡張することは想像に容易い。
なお、常時センシングはどのウェアラブルデバイスも突破を目指す壁であるが、XHROも例にもれず省エネルギーでの計測や無線給電などの技術との組み合わせが求められるだろう。そういった電力に関するテクノロジーは、今回のCESでも相性の良いものががたくさん出ているだろう。
Gut Note
Gut Note(ガットノート)は、スマートフォンをお腹に当てるだけで、腸内の音をセンシングすることができ、ユーザーの腸内環境を分析することができるアプリケーションだ。
少し見えにくいかもしれないが、実際に知財ハンターの荻野氏がセンシングしている様子がこちら。
筆者もヘッドホンを通じて彼の腸の音を確認できた。
仲間の腸の音を聞くという体験は人生初で、なんとも表現し難い気持ちになったが、それほどにアリティを感じた。
その後、最近の排便状況などに関する簡単なアンケートに答える。
結果は、やや不調とのこと。
長旅や時差、食生活の影響もあるのか…
このプロジェクトの最も着目すべきポイントは、ユーザーがスマートフォンアプリ以外なにも新しいツールを用意する必要がない点だ。
ドクターが普段からつかっている聴診器の役割を、スマホのマイクがそのまま代替できると気づいた点に、ブレイクスルーがある。
公開に至るまで、のべ3万程度のサンプルの腸の音データを取得し、機械学習により健康状態の分析の精度を高める努力をしているという。
日常的な利用が広まれば、ユーザー増加に伴い飛躍的なボリュームのデータを収集できる可能性も見込める。
シンプルなユーザー体験はビジネスをスケールさせるうえでも重要だと言える。
腸活が隆盛となるこれからの時代、Gut Noteの発展に期待したい。
GAITALYS
「健康意識が高い人は、姿勢と歩き方が美しい。」
スポーツ選手やモデル、俳優など、様々な職種の健康意識が高い職種へのインタビューから見出した一つの仮説を基にはじまったのが、GAITALYS(ゲイタリス)プロジェクトだ。
大型ディスプレイの前に敷かれたマットの上に立つだけで、足裏のどの部分に体重の負荷がかかっているか、図解で提示をしてくれる。
デモンストレーションの最後には、負担のかかり方を参考にデジタルアートが提示される、チャーミングな体験も用意されていた。筆者の場合はツチフマズが上がり気味だったため、アーチを描く橋が提示された。
今回の展示では、負荷のかかり方をビジュアライゼーションしてくれるところまでが体験として実装されていたが、どのようなアドバイスを提示してくれるようになるか、今後の進展が楽しみだ。
また、膝に課題を抱える人に対しては、同社の得意領域であるグルコサミン等のサプリメントの活用が提案されることも、イメージに容易い。まさにデータを入り口としたビジネス拡張と言える。
Glu-Finder
Glu-Finder(グル ファインダー)はさまざまな波長帯の光を用いて、直接血液に触れずに血糖変動をモニタリングできるデバイスだ。
デバイス上部の光る穴に人差し指を入れるだけで、即座に血糖値が表示された。幸いGoodの表記が出て、ひと安心だ。
通常は、血糖値を測るためには細い針で血を採取する方式がとられていたが、痛みを伴わない仕組みが開発されることで、人々が能動的に計測の頻度を上げるきっかけを与えてくれるだろう。
以上がSUNTORY GLOBAL INNOVATION CENTERがチャレンジをしかけるヘルステックのプロジェクトだ。
意識が高まる人が増え、分析可能なデータが増えていくことで、より健康食品の価値が高まることが想像できる。
飲料メーカーだからこそたどり着いたフードテック
最後にヘルステックに囲まれて唯一展示されていたフードテックを紹介したい。
LiDR
LiDR(リドル)はヘルステックの訴求が大半を占める中、同社が押し出した唯一のフードテックプロジェクトだ。
実演展示の前には、多くの人だかりができていたが、その理由は誰しもが初めて見る美しい飲料アートが実装されていたからだ。まずはその様子を見てほしい。
筆者が気軽にツイートしただけの動画も、3日足らずで1.9万回以上再生されている。
この技術によって実現されるのは、飲料の中に立体的なアートを描くことだ。
なぜそんなことをする必要があるのか研究者に聞いてみたところ、返ってきた答えは想像を超える純粋なものだった。
それは「楽しい」からだ。
さらに深ぼって研究の動機を聞くと、送別会のワンシーンを例に説明してくれた。
送別会において花束を受け取るのは世間の定番であるが、必ずしも花束で喜べない人もいる。
花束ではなく、乾杯のドリンクにその日の特別なマークが描かれ、それをみんなで飲んで思い出を共有するようなシーンがあってもよいのではないか。そんな思いつきから研究が始まったそうだ。
次世代版「花より団子」といったところだろうか。
筆者はこの単純明快な理由に共感した。
研究の動機は、必ずしも課題解決だけである必要はない。ワクワクから発展して、結果的に思わぬ方向でゲームチェンジが起こる可能性も十分にありえるからだ。
実装としては、ロボットアームと極細注射器という既存技術に、3D描画の独自プログラムと、液体の配合に関する独自の研究結果が組み合わせられている。
今回用いられていた黒い描画液はイカ墨を用いているそうだ。今後は美味しさや、定着率の向上、複雑な描画への拡張対応を進めながら、ユースケースを模索するという。
送別会だけでなく、チームの士気を高めたり、大切な人同士が思い出を共有するための活用など、バイアスにとらわれない発想が飛び交うことを期待したい。
共創による発展
いずれのプロジェクトメンバーも、オープンイノベーションによる発展を期待していると名言していた。
我こそはと共創にピンとくる企業は、ぜひ知財図鑑にコンタクトをしてほしい。
CESの速報はTwitterで
CESには膨大な数のテクノロジーが集まっていた。
知財ハンターの目線から気になったものをまとめてTweetしているので、気になる方はコチラ。
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