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【連載小説:ホワイトハニーの未来へ】「第5章 お願いしていい?」(6-1)

(6-1)

 翌日、月曜日。

 灰色の本によれば、美咲が今夜死ぬ。
 朝、起きていつものように会社に向かう準備をする。シャワーを浴びて、体から眠気を覚まして、スーツを着てリビングへ。

 リビングでは由香が台所で朝食を作っていた。カリカリとベーコンが焼ける良い匂いがする。コーヒーメーカーからはコポコポと抽出する音も聞こえた。

「お父さん、おはよ〜」

「おはよう、由香」

 由香が大樹に気付いて、フライパンから顔を上げる。セーラー服の上から美咲のエプロンを着ている。まだ少しだけ大きいけど、すぐに慣れるだろう。

「もうすぐご飯出来るから、テレビ観てて」

「ああ、ありがとう」

 大樹は食器棚からマグカップを取り出して、コーヒーメーカーのコーヒーを注ぐ。マグカップに注ぎ込まれるコーヒーの香りが彼の鼻腔をくすぐった。
 テーブル前のイスに座り、テレビを点ける。ニュースで流れる芸能人のスキャンダルとか政治家の問題発言とか、何一つとして今の彼にはどうでもいい。
 全て聞き流していた。

「はーい。お待たせ」

 由香がトレーに朝食を乗せて運んでくる。

 食パンにベーコン。そして目玉焼き。それと小さなサラダ。サラダは昨夜の内に切って、小皿に盛っていた物。目玉焼きとベーコンは先程焼いていた物。ほんの二ヶ月前、由香は朝食なんて作れなかった、全部美咲が作っていたからだ。

「ありがとう、美味しそうだ」

「そうでしょ〜? 召し上がれ」

 二人して朝の情報番組を観ながら、朝食を食べる。
 途中、天気予報のコーナーになり、天気図を観ながら由香が呟く。

「あー、今日午後から雨が降るんだ。折り畳み傘持っていかないと」

「本当だ。俺も持って行こ」

 目線を空へ向ける。外は青空が広がっていて、どこまでも透き通ってる。これが午後から雨になるなんて信じられない。
 美咲の死ぬ日ぐらい一日中、晴れてほしかったな。そんな叶わない事を彼が願う。
 そう考えていると、由香が「ねぇ、」と言った。

「昨日さ、行けて良かったよね?」

「……えっ?」

「ほらっ、お母さんのお見舞い」

「あっ、ああ……」

 途中で考え事をしていたせいで、反応が遅れてしまった。

「私、途中で寝ちゃったけどさ。お母さんと沢山、お話が出来て嬉しかった」

「ああ。久しぶりに三人で話が出来たしな」

 宝石のように輝いていた昨日を思い出しながら、大樹はコーヒーを啜る。苦味と豆の酸味が口内に広がった。

「来週にまた行こうよ」

「そうだな。また行けるといいな」

 決して訪れない未来に向けて目を輝かせて希望を語る由香と、それに合わせて笑う大樹。二人の心の中は正反対だった。

 ザクっと由香が用意してくれたトーストを齧る。キツネ色の焼き目に四角いバターが落とされていて、食べる度に風味が広がる。正直、食べ物の味なんて、今日はしないかと思っていたが、予想に反してちゃんと味がした。

 それが何だか生きる事に執着しているようで、大樹にはとても気持ち悪く感じた。

 二人してテレビのニュースの話をしたり、期末テストが始まるから、その期間は夕食はお弁当にする等の話をしている内に由香が家を出る時間になった。

「やば、そろそろ行かないと」

 少し油断していたようで、由香は残っていたトーストの上に齧りかけのベーコンを置いて、一気に口に押し込んだ。

「じゃあ、いつも通りに洗い物は済ませておくから」

「うん、ありがとう」

 そのまま由香は椅子から立ち上がる。大樹が朝、美咲のお見舞いに行くようになってからは、朝食後の洗い物は大樹の担当になった。

 それぐらいする時間は全然ある。
 最初提案した時は、学校から帰って来てから自分がすると言って、遠慮していたが試しに初めてみた結果、評判が良く(由香曰く、学校から帰ってきて、洗い物が終わっていると、すぐに料理に取り掛かれるから、楽との事)すっかり習慣化した。

 洗面所で身支度を整えた由香が「行ってくるー!」と玄関から声を張る。それに反応して大樹は立ち上がり、リビングを出て由香を見送りに行く。

「行ってらっしゃい。朝ご飯美味しかった。気を付けてな」

「どういたしまして。じゃあ行ってきます」

 由香が元気よく、外に出た。彼女の背中を見送ってガチャンっとドアを閉める。

「はぁ〜」

 大樹は鍵を閉めながら、大きなため息を吐いた。
 普通にしていたつもりだったけど、由香には気付かれていないだろうか。不安に思ったが、やり取りを思い返しても特別不審な点は見つからない。
 まあ、及第点といったところか。

 自己評価を終えて大樹はリビングに戻る。点けたままになっていたニュースは終わり、干支の占いコーナーが始まっていた。立ったままそれを見て、このコーナー美咲が好きだったな。と思い出す。もしかしたら、今頃病室で観ているかも知れない。

 今日は、一位になってほしい。そんな思いで占いを見続ける。

 結果、美咲の牡羊座は一位だった。
 やった。牡羊座が一位だ。思わず拳を握り、笑顔が漏れる。

 するとテーブルに置いていた大樹のiPhoneが鳴った。取りに行くとLINEが届いており、相手は美咲からだった。彼女からの無邪気な内容を見て小さく笑う。

【朝の占い観た〜? 牡羊座が一位だった♪】

【観てたよ! 牡羊座一位おめでとう! 今から洗い物するから、終わったらまたお見舞いに行くよ】

【はーい】

 美咲とのLINEを終えて大樹は洗い物を開始する。ワイシャツに跳ねないように美咲のエプロンを着て。最初は、洗い物なんて一人暮らし以来、久しぶりだったが、すっかりと、こなせるよになった。

 手際良く片付けて行き、布巾で拭いてから食器棚に戻す。
 リビングのテレビ、電気を消して戸締りを確認。洗面所に向かい身支度を整えてから、自室に置いているビジネスリュックを持って玄関へ。
 姿見でどこかおかしくないかを最後にチェックして、革靴に足を入れる。

「行ってきます」

 誰もいない自分の家で掛け声をしてから、大樹は玄関のドアを開けた。

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