【前編】なぜスポーツに金融が必要なのか?
僕自身は、証券会社に13年勤務する中で、ずっとスポーツと金融の関わりについて考えてきた。
結論として、「金融」に関する知識は、スポーツチームを発展させるために相当程度に必要なスキルではないかと感じている。
しかし、「金融」と聞くだけでアレルギーがある人も多いのではないだろうか。危ない、複雑、とかそんなイメージもあるだろう。また、金融機関出身者がチームに転職した場合を想像しても、頭固そう、お金の亡者っぽい、とかネガティブなイメージを持たれる気もする。(ここは、あながち当たっていることもあるので、気をつけたほうが良い笑)
だからこそ、今回は、あまり深いことには触れず、「スポーツビジネスをする上で、『金融』に関する知識がなぜ必要なのか?」という部分を簡潔にまとめたい。
実務に関わられている方からすると、抜け漏れは大いにあると思う。しかし、ポイントとなるステークホルダーとお金の流れは抑えているつもりなので、「チームにどんな金融知識が足りていないか」、「どんな金融知識を持ったひとを雇えばいいか」、などの参考に少しでもなれば幸いにおもう。
金融とは何か?
ここで小難しい話をするつもりはない。
金融の定義は、シンプルに言ってしまえばこうなる。
お金をスムーズに融通する仕組み
つまり、「お金が余っているところから、お金が不足しているところに、スムーズにお金が届くようにすること」、その全般が金融である。
そのため、下記に書いてあることは、広い意味ですべて金融にあたる。
・事業を始めるためのお金を集める
・自治体が税金を納める
・企業が給与を払う
・ファンから会費を集める
・スポンサーとの契約を更新する
お金がスムーズに流れる仕組み、それはすべて「金融」と関わっている。
「金融」についてより深く理解したい場合は、私自身が最も影響を受け金融を好きになるきっかけとなった3冊を参照されたい。
上記を読めば、融資・為替・会計といったとっつきにくい「金融用語」がそれなりに俯瞰できると思う。
「金融」とは、想像以上に広い領域を含むことはお分かり頂いたと思う。
しかし、併せて重要なのは、通常の企業よりも、スポーツチームにおいては、より多様な「金融」の知識を要する、ということだ。
この後は、具体的に金融知識が必要となる場面について、「お金を集める」「お金を支払う」「新しいお金の流れ」という3つに分けて、大枠で捉えていきたい。
お金が入る流れは4つ
スポーツチームへお金が入る流れは大きく下記の4つ。
(※もちろん、もっと多様な収益源・資金調達手段をもっているチームもある)
①投資家からの出資
②ファンからの売上(会費・チケット・グッズ等)
③金融機関からの融資・出資
④パートナーからの協賛・提携(出資含む)
※スポーツチームの努力で変化させることが難しい競技団体からの分配金(リーグ協賛、放映権収入)は一旦除いている。
上記の①~④について、どんな金融知識が必要か触れていく。
お金が入る流れ①投資家からの出資
すべからくほとんどのスポーツチームが「株式会社」という会社形態をとっている。そのため、創業時から今日に至るまで、少なからず、株式での出資を受けているはずだ。
中には、会社の株式による資金調達を軸に発展を遂げるサッカーチームもある。世界的に有名なのは、NY証券取引所に上場しているマンチェスターユナイテッドだろう。
2005年にロンドン市場からは上場廃止していたが、2012年になんと約100億円分の株式を世界に向けて発行し、チームとしての発展を遂げてきた。
昨今は日本でも、株式による資金調達によって成長するモデルを成功させているスポーツXの事例も注目されている。藤枝MYFCで成功したモデルを軸に、おこしやす京都でも約500名からの出資を募り、経営を行っている。
この、株式を活用したお金集めに必要な知識は、実際の出資実務なので、証券会社での出資業務を行った経験がある人、ベンチャー企業でCFO・財務を担当したことがある人等、かなり人材領域は限られるかもしれない。
お金が入る流れ②ファンからの売上(会費・チケット・グッズ等)
当然に、ここは最もスポーツチーム自身が得意な領域なので、金融屋が口をはさむべきところではないかもしれない。
しかし、昨今では、多様なクラウドファンディングのスキームが生まれてきており、ファンとのつながり強化と資金調達を同時に行うような考え方も広がり始めている。
この場合、ファンとつながる方法と、それに合った適切な種類のクラウドファンディングを選択する必要がある。さらには、お金を出す側の節税効果を鑑みることで、より多くの資金を集めることもできる。
例えば、鹿島アントラーズは、「ふるさと納税」の仕組みを活用したクラウドファンディングを企画した。
これにより、県外に住んでいる鹿島アントラーズファンは、実質的に手出しのお金無しで鹿島アントラーズを応援することができる。
また、クラウドファンディングだけではなく、他にもファンと繋がる方法は新たに生まれ始めているが、これは後段で照会する。
ここで必要な金融知識は、寄付型、購入型、投資型、融資型などの幅広いクラウドファンディングスキームの理解と、投資家側の主に節税効果につながるような税制度に対する知見である。
お金が入る流れ③金融機関からの融資・出資
ここは細かく触れないが、金融機関側で、融資・出資業務をしていた人の知識が当然に役立つだろう。
金融側で働いた人間であれば、金融機関内でお金を出す決断をするまでの意思決定プロセスにおいて、どのような観点で加点減点がおこなわれるかを知っている。金融機関と言っても、銀行か証券か、民間か政府系か、で相当色は違うが、金融機関の人間は横でつながっていることが多いので、金融機関での実務経験者が一人いれば、それなりに金融機関側のツボを抑えた準備や会話ができる。
お金が入る流れ④パートナーからの協賛・提携(出資含む)
ここも②のファンと同じで、スポーツチームのメインの業務なので、金融屋の出番は少ないようにも思える。
しかし、個人的には、今後大きく、かつ安定したスポンサーシップ契約を締結するには、もっとも金融の知識が必要な領域と考える。
その理由は、スポンサーシップや提携業務(特に出資)の投資対効果を測るときに、「金銭リターン+露出換算価値」だけではアピールする力が下がってきているからだ。金銭リターンはそもそもほとんど見える化できないし、露出換算価値という概念も少しずつ陳腐化し始めている。
だからこそ、スポーツチームが持つ、それ以外の価値を見える化する必要がある。
※見える化とは、その価値にパートナー企業が築き、投資対効果をイメージできる状態をいう。
そこで重要な概念が、2020年3月に日本政策投資銀行が発表した『スポーツの価値算出モデル調査』に出てくる「社会価値」という考え方だ。
この調査においては、「スポーツチームが存在することで、チームではなく、地域全体の価値が上がること」を社会価値と呼んでいる。
具体的に言うと、地域の経済循環が拡大すること、関係人口が増えること、スポンサーと地域の関係性が強化されること、などの要素が挙げられている。
スポンサーは、事業を営んでいる企業であるケースがほとんどだが、「そのスポーツチームが存在する地域で事業をする上での土壌が整う」という価値は、感覚では分かっていても、数値にはおとしこまれていなかった。
しかし、世の中でソーシャルキャピタルという言葉が注目され始めているように、「地域とのつながり」は何にも代えがたい価値であり、それを可視化する取り組みが様々行われている。
この、元来スポーツチームが備えている「社会価値」や「ソーシャルキャピタル」(言い方は何でもよい)といった、「地域のつながりを強くする」という価値は、その地域で事業を営む、あるいは何かしらの研究開発をするパートナー企業にとって、とても大きい価値のはずであり、もしそれを数値で表せるとすれば、これまでとは桁の違う資金を集めらる可能性もある(成長だけが是ではないので、多く集めれば良いというものでもないが)。
ここで必要な金融知識は、M&AやIPOの実務において、企業価値算定をしたことのある方や、太陽光や不動産などを活用したアセットファイナンスに携わっていた方が持っている、バリュエーションの知識だろう。
後編では、「お金を支払う」「新しいお金の流れ」について、それぞれ必要な金融知識について触れていきます。