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バズるみたいなことについて改めて考えてみる

先々日あった衆議院選挙に関して、Xにあるバズったポストがタイムラインに流れてきた

ポストの主が「こんだけいくとこわい」みたいなことをリプで言っていた。

バズったのだ。

バズるなんて、もう幾分古めかしい響きすらあるけど、今日は、その周辺を考えてみようか


noteを始めた5.6年前、noteやTwitterはバズることに価値(ロマン?)が置かれていた。
昔、noteで、4桁スキがついてる記事がタイムラインに流れてきて
こんだけスキがついた人の今後が気になって、フォローをせずに
2カ月くらい、その後の動向を追っかけた(毎日ではないですよ。当時は、いろいろ研究してたんです。ストーカーとか言わないでください)
結果を言えば、その方に限れば、その記事以降のスキ数は、その人本来のアベレージ(10スキ前後)に戻ってしまっていた。

今日だと、ほとんどの人が気づいているけど
バズることの多くは、その投稿だけがまぐれ的に注目を集めたのであって
その人が注目されたわけではない場合がほとんどだ(インフルエンサーだと、恒常的に4桁「スキ」なり「いいね」がついてる方もいるけど)


昔みたいに、レコードとかCDとか、あるいは本であれば、まぐれあたりでも、相当な収入になる
昭和に『およげたいやきくん』というヒットレコードがあった(シングルで400万枚売れた)のは聞いたことがある人もいると思うけど
思わぬヒットで、それを出したレコード会社は、ビルが一軒建ったという逸話が残っている(歌った子門真人は、売れると思ってなかったので、印税契約をせず、おかげで雀の涙ほどの収入にしかならなかったという)

いや、バズる投稿の大半は無料だろうから、1発まぐれでは、到底収入には結びつかない
別に多分「こわく」もなく、次の投稿か、ふたつみっつ先の投稿までには、注目度は、その人のアベレージに戻ってしまうだろう

こうなると、バズるというのは、多くの場合、その投稿が、話題になったとか、注目(衆目)を集めたというはなしでしかないケースも多い

これは、投稿を収入に結び付けたい、あるいは、何らかの理由で結び付ける必要がある人のはなしだけど
投稿自体が注目を集めるのもよいけど(それすらできなっかたりするんで)
レコードやCD、本みたく、1発では収入にはなりにくいから
どうしても、1発の作品より、その人(または、その人の活動)に興味を持ってもらう必要がでてくる

これは、恋愛なんかであるあるかもしれないけど
興味を持たれたのは確かなんだけど、すぐに飽きられたとか
興味を持ったけど、早く冷めたみたいな経験が1度はある人も多いと思う。

そもそも興味を持たれないよりは、それでもずっとマシかもしれないけど
人はそれだけ飽きっぽいと考えると、
バズるよりむしろ継続的関心を持ってもらう必要もでてくるかもしれない

興味を持たれることに成功しなければ、配偶もビジネスも失敗してしまう

交配のために7日から8日鳴き続けるセミみたいに必死こかなければいけないのかもしれない

バズったりしてる場合ではないのかもしれない
(バズラーとかバズリストにでもなろうってんじゃない限り)

バズってもいない自分が言うのは僭越にすぎるかもしれないけど


(あとがき)
Xでの衆院選に関するバズった投稿を見て、上述のようなことをつらつら考えました
以上、今日の朝noteでした

御一読どうもでした

じゃあまた👋


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木月まこと
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