草加の小さな神社の小さなお祭り/新井由木子
その小路は父の生まれた草加にありながら、不思議と母方の祖父母の住んでいた伊豆諸島の新島を思わせる、懐かしさがありました。
少し湾曲した道の両側に並ぶ、古びた民家とくすんだコンクリートの塀。そこから見える空にビルディングなど都会の建物の気配がどこにもないところ。そして、その小路の脇にある古びた神社の、草ぼうぼうで地面がでこぼこで、これもいかにも新島にありそうな場所に、幼い娘と散歩がてら立ち寄るのが楽しみだったものでした。
娘は小さな祠(ほこら)の前で
「あそばせてください」
と言いながら柏手を打ち、草はらに埋もれている石の上をピョンピョンと飛び跳ねていました。
その神社が『三柱(みつばしら)神社』という名だと知ったのは、それから20年近くも経過した、最近になってからでした。
『三柱』とは3体の神様が祀られているという意味。元々は『第六天』という神様が祀られており、そこに明治時代の神社合祀により弁財天社と稲荷社が合祀されたそうなのです(実際の経緯は少々複雑ですが、ここでは割愛します)。
更に歴史研究家の染谷先生(思いつき書店vol.031参照)が古文書を調べていくと、どうやら宿場町草加の開宿と関連づけられる由緒ある神社であることがわかってきたということです。
すごい神社だったんだなあと改めて思い、久々に訪れてみると、草ぼうぼうだった境内は氏子さんたちの手によってきれいに整備されていました。祠まで敷石が並べられ、玉石が敷かれ、植栽も整えられています。
また、倒れたままになっていた句碑が起こされ磨かれて台座の上に据えられていました。地元の女性が詠んだ俳句が行書体で刻まれており、その昔にも草加に文化文芸を楽しんでいた町民文化があったことが偲ばれます。そしてその句碑は多分、幼き娘が乗っかって遊んでいた石でした。すいませんでした!
この神社で10月に祭礼があるというので、見学に行ってきました。
祭礼とはいえ神社は静かでした。ポツポツと雨の降る中、ポツリポツリと訪れる地域の方々。出店などは出ないので、境内の植栽や置かれた石を見て、かえってゆったりと時間を過ごせました。
わたしも、BGMや人の声、PCの画面もない場所にいるのは久しぶりのことです。境内の蕾をつけた山茶花や、赤く色づいた烏瓜を眺めているのも心地よい。
しばらくすると、境内の管理をしている氏子代表の方がいらして、祠の扉を開きました。
すると中には小さな御神体が3つ。中央にある第六天様は、人間の欲を見透かし思いのままに操るという、恐ろしい面もある神様なはずなのに、すっきりとして凛々しい姿。左にあるお稲荷様は可愛らしくも美しい白い狐。そして右にある弁財天様は、なんと蛇の胴体に人間の頭がついています。
御神体はどれも10cmにも満たない大きさでありながら、流石に400年も前から祀られていると伝わるだけの迫力があり、かっこいいのでした。
夕方になると、氏子さんが次々と集まり、祠の提灯にあかりを灯し、お供物をあげて、祭礼は終わりました。わたしも草加せんべいの名店『大馬屋(おんまや)煎餅』の、あまりの美味しさに食べ始めたら止まらない禁断のおかきをお供えしました。
わたしが娘をこの境内で遊ばせたように、幼い頃はわたしも島の神社で遊んでいました。そこにも歴史を経た神様がおられ、町や村やそこに住む人々を見守っておられたのですが、子どものわたしは、そんなことなど全く意識せずに境内を走り回っていました。もしかしたらわたしがこの小路に感じていた懐かしさは、子どもを遊ばせ見守る神様の居場所としての、神社への懐かしさだったのかもしれません。
ところで先日、三柱神社で氏子代表の方が新しく桜の苗木を植えようとしたところ、シャベルで少し掘っただけなのに、清水がこんこんと湧き出てきたそうです。氏子さんは、さすが神様のいらっしゃる神社だけあって、奇跡が起こったのかと一瞬思われたそうですが、実はちょうどそこで水道管が破裂していただけなのでした。
(了)
※世界文化社delicious web連載【まだたべ】を改題しました。
文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
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