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指摘したって仕方ない/新井由木子

 世の中には「なすすべがない」ということが往々にしてありますが(思いつき書店vol.074 なすすべはないの巻参照)、更に「自分の体でありながらも、なすすべがない」ということも、残念ながらあるのです。
 当事者であり、誰よりもそのコンディションがわかり、努力もダイレクトに実感できる存在でありながら、コントロールできない。無力感に苛(さいな)まれることこの上ない事態です。

 わたしの場合は自身の「」について、なすすべのない思いをしています。自分でも呆れるほどの汗かきで、真冬でない限りほとんどいつでも汗をかいており、真夏ともなれば、さっきプールから上がったかのごとくビッショリです。

 一度は満員電車の中で座れず、座席横の手すりにしがみつきながら汗をかいていると、座席を挟んで向こう側に立っていた背広の男性が、わたしの状態に気づき、ものすごくびっくりした顔をしていたことがありました。そして、そんなにびっくりされたら恥ずかしいと思ったわたしは、赤面に伴う発汗をし、ますます汗を垂れ流すのでした。
 ギュウギュウな車両の中で手も動かせず、顔から滴る汗を拭うこともできないわたしは、塩をかけられたナメクジのようでした。ナメクジだったら水分を出した分だけ小さくなりますが、わたしは縮むことも、その場から消えていなくなることもできなかったのでした。

 こんな有様ですから、いつも人から「すごい汗かいてますよ」と言われます。
「すごい汗ですね!」という驚きの言葉なら、言われても仕方がないと思います。前述の電車内の状況のように、わたしは恥ずかしさにうつむくばかりです。
 しかし「汗かいてますよ」というような、指摘とか注意のニュアンスに対しては、わたしの思うことは、いつもひとつです。
わかってるよ!
 こんだけずぶ濡れで、自分で気づいてないはずないだろ。止められるものならとっくに止めてるわ!

 こういう人たちは試しに熊に
「毛むくじゃらですよ」
 と言ってみて欲しい(熊語で)。熊は毛むくじゃらであることを直せないだけに、無意味な指摘にいらつき、
「わかってるわ!」
 と言いつつ横殴りのパンチをくらわしてくることでしょう。そして熊自身が毛むくじゃらであることを気にしていた場合、よく見ると涙ぐんでいるかもしれません。

 つまり、わたしの問いたいのは、こういうことです。
いくら気になったとしても本人の努力で解決できないことは、指摘の対象ではないのではないか?
 ピラニアに「顔が平坦で怖いですよ」と言ったって、仕方ない。
 綿毛に「ふわふわ飛んでんじゃねーよ」と言ったって、仕方ない。
 老婆に「年を取りすぎですよ」と言っても、仕方ないじゃないか!

 もちろん、わたし自身で改善できるものについては、指摘してくれたことに感謝しながら努力します。
「疲れているように見えますよ」とか。
「目が死んでいます」とか。
「顔つきが怖すぎます」とか。
 最近言われたのはこんなところ。これは改善したほうが、まわりの人も気持ち良いですからね。がんばります。
「新井さんは以前は光り輝くオーラが出ていたのに、最近は全く出ていません」
 と指摘してくれた人もいたのですが、こればっかりは、自分で見えないだけに難しいと思いました。

思いつき書店077文中

(了)

草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。毎週木曜日にお届けしています。

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」

http://www.pelekasbook.com
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