二郎愛/中澤日菜子
二郎というお店をご存じだろうか。「二郎ラーメンはもはやラーメンではない。二郎という食べものだ」とよくいわれるあの二郎である。
じつはわたしは二郎ラーメンが大好きで、いわゆる「ジロリアン」ならぬ「ジロリエンヌ」である(二郎のファンの男性をジロリアン、女性をジロリエンヌと呼ぶらしい)。
わたしが二郎に出会ったのは大学一年生のとき。まだのれん分けはされておらず、二郎といえば慶応大学の三田校舎の角に建つ本店しかなかったころだ。そのころから二郎の人気はすでに確立していて、通学のたびに二郎への入店待ちの長い行列を目にしたものだ。
そんなに美味しいなら食べてみたいと思うものの、並んでいるのはほぼ百パーセント男子学生で、それも筋肉もりもりの体育会系男子ばかり。女子が、しかもひとりで並んでいるのはみたことがなかった。さすがのわたしも一人で並ぶ勇気が出ず、一緒に並んでくれる男子の友人を探してようやく入店することができた。
初めて食べた二郎ラーメンは、なんというか、すごかった。
どんぶりからこぼれんばかりに盛られたもやしとキャベツ、そして厚切りの豚(二郎ではチャーシューと呼ばずに単に豚と呼ぶ)。その下には、ごん太の麺が、こってり背脂の浮いた濃厚なスープと絡まり合って、これまたあふれんばかりに入っている。
恐るおそる口をつけた最初の感想は「なんじゃこりゃ?」だった。美味しい、美味しくないを超えて意味のわからない味がした。
そう先輩に話すと「最初はみんなそう思うのだ。三回食べてみろ。きっとお前も中毒になるから」とオゴソカに言い渡された。
そうか、そういうものなのか。
半信半疑ながらも真面目なわたしは先輩のアドバイスを信じて、三回、通ってみた。
そして先輩のことばどおり見事に二郎ラーメンにはまってしまったのである。
大学を卒業してからもわたしの二郎熱は冷めることなく、発作的に食べたくなっては、三田よりも近い、当時成蹊大学横にあった唯一の「支店」に通ったものだ。
今では全国各地にのれん分けのお店ができ、車で十五分も行けば二郎を食すことができる。さらには「インスパイア系」と呼ばれる二郎風のラーメンを出すお店も各地にあらわれ、本物の二郎でなくとも「二郎腹」を満たすことができるようになった。
しかしなにがこんなにも人々を魅了するのだろう、二郎。こってり系のラーメンなら日本中にいくらでもある。けれどもそのどれとも二郎は違うのだ。うまくことばでは言い表せない、とにかく食べてみてというしかない味だ。
もっともあまりにインパクトのある味なので、好みははっきりと分かれる。我が家でも、長女は大好きなのだが次女はいっさい口をつけない。理由は「こってりし過ぎているから」。そのこってりがたまらないのになー。
このように三十年以上にわたって二郎を愛しつづけてきたわたしだが、さいきんとても悲しいことがある。
それは五十代になり、もはや「小」であっても食べきることが難しくなったという事実である。
このまま歳を重ねれば、いつか食べたくても食べられないからだになってしまうかもしれない。せめて「小」のさらに半分は食べられるいまのうちに、せっせと食べておかねば、と決意をあらたにしている。
【今日のんまんま】
外出自粛中につき、今回もウチ飯。ナスとピーマンの味噌炒めとジャーマンポテト。んまっ。
この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、二郎ラーメンへの愛があふれる中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。連載は、ほぼ隔週水曜日にお届けしています。
文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。小学館P+D MAGAZINEにてお仕事小説『ブラックどんまい! わたし仕事に本気です』連載中。
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