HOT! /中澤日菜子
わたしが高校生のころ、第一次激辛ブーム(おそらく)がやってきた。
部活の帰り、よく立ち寄るラーメン屋さんに「ラージャン麺」というピリ辛のラーメンがあったのだが、そのブームを受けてラージャン麺は日増しに赤く辛くなっていき、ブームの最盛期には真っ赤な激辛ラーメンになってしまったのをよく覚えている。
スナック菓子のカラムーチョが発売されたのも同時期で、それまでトウガラシの辛さを強調したお菓子があまりなかったがゆえに辛いもの好きのわたしはいっぺんにとりこになってしまい、夕食のおかずとしてマイ・カラムーチョを用意し、白飯とともに食べていた。いま思えば食事を用意してくれた母親に悪いことをした……ごめんねお母さん。
激辛ブームとともに成長したわたしはすっかり大の辛党になってしまった。大学に進学し、社会人になったのちも「辛いもの好き」はつづき、街角で「大辛カレー」だの「ラーメン激辛」だのといった看板を見かけるたびに店内に飛び込み、なかでもいちばん辛いメニューを食しては悦に入っていた。
「わたしに食べられない辛いものはない!」
当時わたしはそう豪語し、事実、出てくる激辛の食事をぺろりと平らげていた。
だがよくよく考えればあのころはエスニック料理が日本に上陸したばかりで、どのメニューも日本人の舌に合うよう、辛みを調節してあったように思う。その証拠に日進月歩で辛さは進化していき、トムヤムクンもインドカリーも、いまや本場さながらの本格的な辛みを擁するようになってきたからだ。
そんなわたしが、あまりにも辛すぎて食べられなかったものが人生で二つだけ存在する。
ひとつ目は二十数年前、地元にあったカレー屋さんの激辛カレーだ。
初めて入店したにもかかわらず、例によって「いちばん辛いやつください」と高らかに注文した。お店のひとが、
「うちの激辛、ほんとうに辛いですけどだいじょうぶですか」と心配してくれたのに、
「だいじょうぶです! わたしに食べられない辛いものはありません!」と鼻息荒くこたえる。
出てきたカレーを見てぶったまげた。
赤い。真っ赤っ赤なのだ。
もはやカレーというよりも、トウガラシの粉を水で溶いてライスにかけたようにしか見えない。
ひと口食べて悶絶した。味も見ためと同じく、トウガラシの味しかしない。ほかのスパイス要素が感じられないのだ。
とはいえ豪語した手前、食べきらねばならぬ。半分ほどまでがんばってみたが、それが限界だった。
「ごめんなさい、許してください」
小声でお詫びを言い、そそくさと店を出る。完敗だった。申し訳なさと悔しさでそのお店には二度と入ることができなかったのを覚えている。
二つめは小説家としてデビューした直後。某K社の担当さんに連れて行ってもらった池袋の中華料理店である。そのお店は羊の足を丸ごと一本焼いて出してくれるという料理が名物で、肉好きのわたしのために担当さんが見つけてきてくれたのだ。もちろん羊肉以外にもたくさんのメニューがあり、そのなかに「ウサギ肉の辛み炒め」という料理を見つけた。
かねてより美味しいと聞くウサギ。食べてみたい。しかも辛み炒め。これは美味しいに違いない。担当さんにオーダーしてもらう。
出てきたお皿は……やはり真っ赤だった。ひと口大に切られた肉片が、真っ赤なソースをまとって盛られている。
地元のカレー屋さんの記憶がよみがえる。嫌な予感がした。そして嫌な予感はばっちり当たってしまった。そのときは友人五名と合わせて七名で会食していたのだが、七人で頑張っても完食できなかったのである。あまりに辛すぎて。
以来わたしは謙虚になった。
初めて入店する店ではとりあえず真ん中くらいの辛さを選び、じょじょにレベルを上げていくようになったのである。
最近は歳のせいか、めっきり辛いものに弱くなった。けれども止められない。きっとわたしの残りの人生も、辛いものとともにあるのであろうと固く信じている。
【今日のんまんま】
ステイホーム中につき今回もウチ飯。鶏レバーの甘辛煮。新鮮なレバーに醤油ダレの甘辛さが絶妙のバランス。んまっ。
この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、辛いものが大好きな中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。連載は、ほぼ隔週水曜日にお届けしています。
文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。小学館P+D MAGAZINEにてお仕事小説『ブラックどんまい! わたし仕事に本気です』連載中。
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