だから やっぱり本が好き/新井由木子
先日、初めて店(ペレカスブック)にいらした方から、
「いったいどうやったら、出版社とお仕事できるんですか」
と急に尋ねられたので、戸惑ってしまいました。
一緒に来店されたご友人は、わたしの連載エッセイのことをご存じだったようですが、彼女はそのご友人から、その場で初めて聞いて知った、という感じでした。
20年前にイラストを持って出版社を巡っていたこと、覚えていてくれた編集者さんがいたこと、と答えようと思いながらも、今度は急に怖くなりました。まじろぎもせず見つめるその人の目に、まるでわたしが『出版社と仕事をしている』と書いてある紙を貼り付けた一本の棒のごとく映っているように感じたからです。
会って数秒のその人が、どんな仕事をしているのか、何を大切にしている人なのかわからないので、どう話したらよいかもわからないのです。
必死で出した答えは、
「(知らない人に)自分のことを話すのが苦手です」
という震える声でした。わたしのおびえが伝わったのか、その人はハッとした顔をしたので、そこでコツンと魂が触れ合った気配がしました。
人のことを知りたいということは、その人が大切にしているものを知りたいということだと思いませんか。
人は皆、大切にしているものを心の中に持っていて、常にそれを磨き続けるものだと思うのです。それは絵描きだったら更によい絵を描きたい気持ち、文章書きだったら文章を、料理人だったら料理を、考える人だったら考えを磨く気持ち。趣味に割く時間を愛している気持ち。大切な家族や誰かを思う気持ち。
例えればそれは玉のように光るもので、もし知りたければ
「あなたの持つその玉に惹かれるので見せて欲しい」
と真摯に頼み、その対価として
「わたしの磨いている玉を、あなたという人に見て欲しい」
と自己開示する。理想論のようですが、それが人と人とが知り合うということのように感じます。
なぜ成功しているのか、なぜそれを持っているのかと結果だけを尋ねるのは、あまりに表面的なものだと思うのは、間違っているでしょうか。
そんな考えを巡らすうちに、だからこそわたしは本が好きなのだなあと思い至りました。物語であれ、学問であれ、詩であれ、絵画であれ、本こそは誰かが磨きに磨いた人の中身そのものですから。
だから本が好きな人と出会うと、とてつもなく嬉しい。書店を営んでいると、そんな出会いがたくさんあります。
と、ここまでは『成果』を精神的な部分に置いた話です。
生きていくうえでは『成果』を収益にする必要があり、それはわたしがとても苦手とするところです。それでも、全ての仕事が人との関わりでできているものであるからには、この理想をないがしろにしては、人生を懸けての仕事のチャンスに恵まれないのではないかと思うのです。
2年間にわたり、世界文化社公式noteでエッセイを書かせていただいてきました。時に馬鹿馬鹿しいものもありますが、どれも書き上げては編集者さんと校正さんに見てもらい、考えの至らない点はないか、世の中に出してもよいものか意見を交換し、推敲を重ねたものばかりです。特別で大切な、勉強になる時間でした。
続けてこられたのは、読んでいただき、ご感想をくださった皆さまのおかげです。心より、ありがとうございました。
100回を区切りに少しおやすみをいただき、新展開に備える時間にさせていただきます。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
(了)
草加の、とあるおしゃれカフェの中の小さな書店「ペレカスブック」店主であり、イラストレーターでもある新井由木子さんが、関わるヒトや出来事と奮闘する日々を綴る連載です。100回を機に週刊での連載は終了いたします。新展開をどうぞお楽しみに。
文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。
「東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、思いつきで巻き起こるさまざまなことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook