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京都・奈良編 その1/中澤日菜子

 緊急事態宣言が解かれ、他県への移動が可能になった六月下旬、京都と奈良に取材がてら旅してきた。そのときのおもに美味しいものをめぐって、今回から二 回にわたり「んまんま日記 京都・奈良編」をお届けしようと思う。

 旅程は京都二泊に奈良一泊、計三泊四日の一人旅だ。
 初日、新幹線でびゅーんと京都まで。午前中に予定があったので、出発は午後二時過ぎ。なので京都に着いたら初日は宿でまったりの予定。

 今回の宿は二条城の近くにある、町家を改築した旅館である。せっかくならと、ホテルではなく昔風の民家 宿を選んだのだ。
 宿はまさに昔の京都の町家をそのまま生かした作り。間口は狭いが、うなぎの寝床状に奥に長いおうちだ。がらりと引き戸を開けると帳場があらわれ、帳場の横の細長い廊下を進むと左手に八畳の客間がしつらえてある。客間からは丁寧に手入れをされた小さな中庭が見える。うーん素敵……

 荷物を置き、しばし休憩。今夜は京都在住の友人がご飯に連れて行ってくれる予定。なにせ京都は修学旅行以来。右も左もわからないので、たいへんありがたい。

 六時、友人が宿まで迎えに来てくれ、夜の京都へいざ出陣! 
 友人が予約してくれたのは「京洋食 まつもと」という、これまた町家を改装した素敵なレストラン。明日はがっつりおばんざいをいただく予定なので、今夜は洋食をお願いしたのだ。

 梅雨真っ最中なのに、奇跡的に晴れて風の気持ち良い宵、まずは友人とビールで乾杯! 
 さあてなにを食べようか。メニューに顔を突き合わせつつ選んだのは、京水菜とベビーリーフのシンプルサラダ 、京生麩ソテー、自家製鴨のローストスライス柑橘ピール添えに自家製トリッパ、子羊の網焼き、そして締めに特製和牛ハヤシライス。
 どの品も趣のあるお皿に上品に盛り付けられている。うーんさすが京都、美意識が高い。

 どれも繊細で奥深い美味しさなのだが、特に生麩のソテーが絶品だった。もっちりとした生麩は、ヨモギ、当たりゴマ、柚子の三種類がそれぞれ練り込まれており、噛むとほのかにヨモギや柚子が香る。甘味噌がちょいと乗った田楽風なので、お酒のアテにちょうどよい。
 鴨も子羊も柔らかく、脂がのっているのに全然しつこくない。かけられたソースも凝っていて、思わずうなってしまう。

 そして締めのハヤシライス。一皿をシェアするつもりでいたのだが、なんと一人分ずつお皿に盛り付けて出してくださる気の遣いよう。和牛の旨みがぎゅっと閉じ込められたデミグラスソースは、濃厚だけれどもしつこくなく、もう何皿でもいけちゃう感じ。
 友人とふたり、猛烈な勢いでお喋りしながら、これまたすごい勢いで食べつくしてしまった……。京都に行かれたら、ぜひ訪ねていただきたいお店である。

 大満足でお店を出、友人に案内してもらって、京都南座、先斗町、鴨川べりをそぞろ歩く。ふだんであれば観光バスがひしめき合い、歩くのもままならないということだが、新型コロナの影響で観光客が激減している折、ほとんど地元のかたしか見かけない。「こんなに空いている先斗町は初めて」と友人が驚くくらいであった。
 でもおかげで風情ある先斗町、鴨川に灯の揺らめく川床や、京都南座の威厳あふれる佇まいをぞんぶんに堪能することができた。

 そうこうしているうちに夜も更け、友人とは再会を約してさようなら。宿は素泊まりなので、明日の朝ごはんを調達せねばならぬ。なにか京都らしいものはないかと深夜のコンビニへ。
 すると、ありましたありました、東京では見かけない「卵焼きサンドイッチ」が。白いパンに挟まれた厚焼きの、ふんわりした卵焼きがいかにも美味しそう。迷わず手にして、レジへ。

 ふう、これで明日の朝食の用意も万全。
 京都最初の夜、大満足して眠りにつくわたしであった。

【今日のんまんま】
自家製トリッパ。和牛モツのトマトソース煮込み。口に入れるとほろりととろける。お皿もまた美しい……んまっ。

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京洋食 まつもと

この連載では、母、妻、元編集者、劇作家の顔を持つ小説家であり、ガラガラの新幹線に驚いた中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。ほぼ隔週水曜日にお届けしています。

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)、『お願いおむらいす』(小学館)がある。9月16日に新刊『働く女子に明日は来る!』(小学館)を刊行予定。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE