【全文公開】『京都 古民家カフェ日和』刊行記念!① 本文から2軒を先行公開します/冬夏
川口葉子さん著『京都 古民家カフェ日和』(4月16日刊)の発売を記念して、本の中から2軒分の原稿を先行&無料公開します。
\平日5日連続投稿/
シリーズ前作『東京 古民家カフェ日和』の本文公開に取材こぼれ話を加えて、平日5日連続投稿の予定です。
なかなか遠出しづらい状況ですが、美しい写真を眺めながら、カフェめぐりを追体験いただけたら幸いです。
本記事では、新刊・京都版から、1軒目のお店をご紹介します。
\4月16日発売・予約受付中!/
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冬夏
清閑なお茶の時間に感じる
築百年の民家の息吹
〈寺町丸太町〉
京都を旅していると、ふとした拍子に結界を意識することがある。聖と俗、ハレとケ、一見さんお断りとまではいかなくとも、ゆるいご紹介制という結界の数々。
冬の朝、「冬夏」の門の前に立ったときにも小さな結界を感じた。高い板塀と見越しの松に護られた門をくぐったその先は、日本画家、西村五雲(ごうん)の住まいだったという築百年の日本家屋である。
軽々しく足を踏みいれていいものだろうか? 掃き清められた玄関に漂う品格にかすかなためらいを感じながら引き戸を開けると、奥からスタッフがにこやかな表情で現れ、一瞬であたたかい空気に包まれた。
ここはフードディレクターの奥村文絵さんとドイツ人の夫、エルマー・ヴァインマイヤーさんが開いたギャラリーとティールーム。改修にあたっては、時を重ねた家の歴史と意匠(いしょう)を継承することを重視し、一部分だけに手を加えたという。
かつて京都ではどの町にも建具職人や庭師が住んでいて、かかりつけのお医者さんのように町内の家と庭の面倒をみていたそうだが、奥村さんたちも家の改修を通して、ご近所の職人さんや専門店の頼もしさを実感したそうだ。
靴を脱ぎ、玄関左手の一室でお茶とお菓子をいただいた。たっぷりと幅のある栃の木のカウンターに、北欧デザインの椅子。湯沸かしの口から白い湯気がたちのぼる。汲みたての下御霊(しもごりょう)神社の井戸水である。
一煎目と二煎目はスタッフが淹れてくれた。お湯を注いだ宝瓶(ほうひん)の中で、ゆっくりと開いていく茶葉。スタッフはすっと背筋を伸ばしたまま宝瓶を両手で包み込み、蒸らし時間の頃合いを注意深く見守る。
目の前でおこなわれる一連の静かな所作を眺めているうちに、いつもとは異なる時間の中にいることに気がついた。お茶を淹れる人の無心の集中がゆるやかな波紋のように空気中にひろがり、私にも深い呼吸と心の静けさをもたらしたのだ。
「私たちは『お茶に心をしずめる』という言いかたをします」と、スタッフは微笑した。
茶葉は奥村さんが滋賀県朝宮で出会った無農薬栽培の農園などから仕入れたもの。朝宮は平安時代に最澄が唐からお茶の種子を持ち帰り、この地に蒔いたとされる日本茶発祥の地である。ティールームでもギャラリーでも、日本の暮らしの根源に通じるもの、風土や伝統文化に根ざした日用道具の作り手の作品を選び、その魅力を伝えているのだ。
▲中庭から眺めるギャラリー「日日」。
それらに囲まれて小一時間ほど過ごすうちに、自然に心の安らぎを得るお客さまは少なくないらしい。その理由をめぐって、奥村さんは忘れ難い言葉を口にした。
「ここにあるものがみな、人間の手を介してはいるけれど自然に存在する素材ばかりだからなのでしょう。たとえばこの茶筒は木の幹から、うつわは土から作られています。そして我々人というものは、大きな時間の存在を感じるとほっとするそうですよ。日々、あれもしなきゃこれもしなきゃと慌しく生きている時間のすぐ隣に、ゆったりした大きな時間の流れがあるんです」
百年という歳月を生きてきた家。何十年もかけて成長した樹木でできている建具。それらの大きく静かな呼吸が人を包んでいるのだ。
家も庭も美しく保つには、日々のまめまめしい手入れが欠かせない。
「磨きなさい、と家に言われているように感じています」
家には生命が宿る。そして人は古い家を磨きつづけているうちに、より深く家と心を通わせるのだ。
本コラムは平日19時ごろに5日連続で更新します(本記事は1日目です)。
次回もお楽しみに!
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川口葉子(かわぐち ようこ)
ライター、喫茶写真家。全国2,000軒以上のカフェや喫茶店を訪れてきた経験をもとに、多様なメディアでその魅力を発信し続けている。
著書に『京都 古民家カフェ日和』『東京 古民家カフェ日和』(世界文化社)、『京都カフェ散歩 喫茶都市をめぐる』(祥伝社)、『東京の喫茶店』(実業之日本社)他多数。