note_第4回ネギカモ

中澤日菜子【んまんま日記】#4 ネギカモ

 ちまたにあふれる食べものには、よくよく考えるとかなりザンコクな名前のついたものが多々ある。
 たとえば親子丼。
 ごく普通に食べ、暮らしているが、考えてみるとあれは「親の肉体に子どもを絡めた世にも恐ろしい食べもの」であろう。
 ひと口大にカットされた親のからだ。そこにかき混ぜられた子どもがまとわりついているのである。鶏肉と卵と思うからなんの違和感もないのであって、もしもこれが人間だったら……
 オソロシイ。
 ホラー映画も真っ青のシーンとなるだろう。

 先日、東京・目白で入った、古民家を再利用して造られたお洒落なカフェでは、さらに恐ろしい親子丼に出くわした。
 普通の親子丼の上に、なんと生卵がトッピングされているのである。これなどは親子丼の概念を超え、「親子子丼」とでもいうべき食べものであろう。いやとても美味しかったのだけれど。濃いめに味付けされた鶏肉と卵、玉ねぎに、生卵がねっとり絡み、クリーミーかつ旨みの増した逸品だったのだけれども。

 同じようなものに他人丼がある。
 豚肉や牛肉に卵。
 確かに他人だ。というより鳥類と哺乳類という、種を超えた「他人」である。もはや他人とも呼べないかもしれない。
 そういう目で見ていくと、蕎麦屋のメニューは和食を知らないひとにとっては、もう速攻気絶しちゃうくらいのインパクトに満ちているのではないだろうか。

 きつねうどんにたぬきそば。
 原材料名そのままのネーミングだと思い込んだら、可愛い子ぎつねや愛嬌たっぷりの狸が浮かんで、
「オー! 日本人は彼らまで食べるのか。ノー!」と叫ばれてしまいかねない。
 だが実際は、お揚げに天かす。これ以上ないくらい平和かつ素朴な麺なのだ。
 鶏肉と卵の丼を親子丼と言い換え、肉のいっさい入らないメニューをあえて狐や狸と言い表す。このあたりに日本人独特の洒落というか粋を感じる。

 ところで蕎麦屋にはもうひとつ、動物の名が入った品がある。
 冬になると格段に美味しさを増す鴨南蛮だ。
 寒い時期を控えて脂をたくわえた鴨肉に、これまた冬が旬の太くて甘い葱を合わせ、温かい汁でいただく。誰が発明したのかは知らないが、絶妙かつ奇跡的な、「相方はあんたしかいないわ!」的ですらある取り合わせだと思う。

 わたしには十代後半の娘がふたりいるのだが、彼女たちが幼いころ、鴨葱に関してちょっとしたほら話を吹き込んでいた。
 散歩中、川べりに差しかかると、川面にのんびりたゆたう鴨を指さし、
「お蕎麦屋さんの鴨南蛮はね、あそこにいる鴨さんが、毎朝畑から抜いてきた葱を背負って蕎麦屋に通勤してできるんだよ」と。
「だから鴨さんを見たら忘れないように言っておあげ。『鴨、葱を背負え!』って」と。
 疑うことを知らない幼子たちは母のことばを信じ、鴨を見かけるたび、
「かもー。葱を背負いなー」と一所懸命、声かけに励んでいた。当の鴨にとってはえらい迷惑だったに違いない。
 娘たちもさすがに小学校中学年になると、母の話は与太話であると理解するようになった。人間は成長する生きものである。

 かくいうわたしは老化の一途を辿り、体力も知力も落ちていくばかり。このあいだなど友人に向かい、
「葱が鴨背負って」となんの違和感もなく言い放ってしまった。
 いくら太くて立派な葱であろうと、よく肥えた鴨を背負うのはかなり難儀なことだろうなと、言ってからしみじみ考えてしまったわたしである。


【今日のんまんま】
これまた冬に食べたい担々麺。胡麻のこくと甘みに、ぴりっと利いた唐辛子と山椒が癖になる味。んまっ。

たんたんめん

希須林 赤坂


文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
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