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「君の名前で僕を呼んで」

繊細で優艶で、少し物悲しいピアノが何度もバックで流れる一方で、果物の潰れる音や放尿の音など、つい眉をひそめて耳を塞ぎたくなるような、私たちが普段臭いものには蓋と言わんばかりに無視している生活音もこの映画では容赦なく鼓膜をこじ開けて来る。エリオとオリヴァーの音楽の会話で一番印象に残っているのは、エリオが「今弾いているのはバッハをリストが編曲したら…、これはそれをブゾーニが編曲したら…」といたずらっぽく解説しながら楽しそうにバッハを弾いていたシーン。バッハをバッハとして聴きたかったオリヴァーは呆れてその場を立ち去ってしまうんだけど、その瞬間に原曲をちゃんと弾き始めたのが愛しくていじらしくてかわいくて、17歳というエリオの年齢を最も強く感じた瞬間だった。

正直見ようと思ったきっかけはBL作品だからっていう邪の極みみたいな理由だったんだけど、見終わってから率直に感じたことは、これはBLではないということだった。そもそも彼らは同性しか愛せないという設定が土台にあるんじゃなくて、元々それぞれ普通に女性とも恋愛してたんだよね。ラストでエリオが父親に「オリヴァーはオリヴァーだ」って言ったのを聞いて、だからこそこんなにも彩度の低い悲しみを帯びた恋なのだと思った。同性愛が受け入れられないという時代性や、同性愛という事象に対する抵抗感情だけならまだ苦しみの向かう矛先があったかもしれないけど、聡明なオリヴァーは自分がエリオをエリオとして愛していたことを十分すぎるほど理解していたし、エリオもオリヴァーをオリヴァーとして愛していたことを本能で分かっていた。だからこそ、結実しなかった恋が苦い。

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夏って生命の象徴みたいなイメージがあるけど、緑が青々と茂る一方で死体がどの季節よりも速く腐ったり、「終わり」の色が凄絶に濃い季節でもあって、そんな季節を舞台にした作品の1秒が孕む危うさと緊密感はやっぱり他のどんな季節に撮られた作品よりも群を抜いている。生と死が盤上で勢いよく回転するコマのように散り合ってスクリーンに鈍い熱を与えていた。

「心も体も一度きり」「痛みを葬るな」「だが何も感じないこと、感情を無視することはあまりに惜しい。感じたことを忘れようとして心を摩耗してしまうと、30歳になる頃には何も残らなくなってしまう」というラストのエリオの父親の言葉が、この夏に折り返しを迎える自分の20代を焦燥する。

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