大河ファンタジー小説『月獅』62 第3幕:第15章「流転」(5)
これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。
第3幕「迷宮」
第15章「流転」(5)
王統の純血を主張するカイル派も、それが本懐ではないという。
「どういうことだ。そちの話は混沌としてわからぬ」
「カムラ王が戦地にてお斃れになった折、王の遺志を実行して条約締結を成し遂げ、戦の処理にあたられたのがウロボス元帥です。これによって、一介の陸軍大将でしかなかったウロボス元帥が絶大な権力を手にされました。幼かったウル王は、まさに飾りの王でしかございませんでした。実権を握られたのは、表向きは母后であられる王太后様でしたが、裏で権力を手にし国を動かしたのは、ウロボス元帥と王太后様の兄上のカール・ルグリス侯爵といわれております。これを苦々しく思っていたのが、サユラ妃のご実家であるギンズバーグ侯爵家をはじめとする名門貴族でした。ウロボス元帥とルグリス侯爵家の力を少しでも削ぎたかった。浅ましき権力の駆け引きでございます」
「純血かどうかは、政争の具にされただけか」
「いかにも」
「それが、今の派閥闘争につながっていると申すか」
「左様。なれど、不審な点がございます」
「まだあるのか、何だ?」
キリトはいい加減、呆れていた。
権力とは何だ。それほど魅力的なものなのか。実体のない、得体のしれない怪物に、吾もカイル兄上も、ただまつり上げられ翻弄されるのか。持って行き場のない怒りが焔となって、躰の深部を灼くような心地がした。獅子のように吠えたい。
「トルティタンは、ウル王即位の折に煮え湯を呑まされております。それ故、カイル殿下が立太子なされば、トルティタンが黙っていないは明白。同盟の解消だけで済めばよろしいが、ゴーダ・ハン国と手を結び我が国に攻め入ってくることも十分に考えられます」
ぴぃいいい。また雲雀が晴天を衝く。
「にも関わらず、王太子の空位がいたずらに二年も続いております。そこに胡乱な作為を感じるのでございます」
「どういうことだ」
「本来であれば、遅くともラムザ王子がご逝去の三月後ごろにはキリト様の立太子が公表されて然るべきでありました。なれど、王妃様が渋られたと承っております」
「ああ、母上が申しておった。アラン兄上も、ラムザ兄上も暗殺されたに違いない、立太子は不吉だと。兄上たちは真に謀殺されたのか」
「それは臣にはわかりかねます。ただし、王子様方を立て続けに亡くされた王妃様のお嘆きの深さは、尋常ならざるものでございましたでしょう。そこに付け込んだ輩がおったのではないでしょうか」
「付け込む?」
「アラン殿下とラムザ殿下の急逝は不可解であり、王統の純血を主張する一党の謀略によるのではないかと、王妃様にお耳打ちされた者がいたのではないでしょうか。キリト様を無事に王にするには、反対勢力を炙り出し一掃すべきであると」
「そのための、引き延ばしか?」
「恐らくは。そのように考えると、この無意味な空位に合点がゆくのです」
「母上に吹き込んだは、ウロボス元帥かルグリス侯爵か」
「ウロボス元帥もカール・ルグリス侯爵もすでに隠居されておられます故、裏で操っている者を特定するのは困難でございましょう。ギンズバーグ侯爵家が踊らされたのでございます」
「踊らされた?」
「嵌められた、とも言えます。カイル派に組する貴族が明らかになった時点で、キリト様の立太子が公表され、ギンズバーグ家を筆頭に多くの貴族が失脚させられるでしょう。恐らくギンズバーグ侯爵父子とカイル殿下は謀反の罪を被せられて極刑に処せられるでしょう」
「なぜじゃ、なぜそうなる」
キリトは椅子を蹴倒して立ち上がる。
石造りの橋を打つ金属音に、橋のたもとで控えていた侍従が駆け寄ろうとする。
「大事ない。椅子を倒しただけじゃ」と片手で制し、キリトは椅子を起して座り直す。
「事態を収束させるには、見せしめとして誰かが罪を被らねばなりません」
「母上に吾がお願いしよう」
「事態は引き戻せないところまで進行しております。今、軽率に王妃様に嘆願いたしますと、かえってカイル様を窮地に陥らせるやもしれませぬ」
キリトは半ば開きかけた口を噤んで唇を噛む。眉間が引き攣っている。
淀んでいた空気がぴんと張り詰める。
「兄上の窮地を黙って見過ごせと申すか」
「臣は」と言ってラザールは立ち上がり、キリトの足下に跪拝する。
「キリト様とカイル殿下とお二方ともにお救い申し上げたいのでございます。それ故、キリト様の師傅を承りました」
ひざまずくラザールをキリトは無言で睨む。
「そちの本心か。それとも駆け引きか」
ラザールの瞳をきりりと凝視する。
「本心にございます」
「相わかった」
それだけを告げると、キリトは振り返ることなく四阿を後にした。理不尽に抗う未だ消化しきれない感情が少年の肩を強ばらせていた。
ラザールは跪拝したまま、踵で石橋を蹴るように歩む足音を聴いていた。
(to be continued)
第63話に続く。
サポートをいただけたら、勇気と元気がわいて、 これほどウレシイことはありません♡