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アンノウン・デスティニィ 第28話「ラストファイト(3)」

第1話は、こちらから、どうぞ。

第28話:ラストファイト(3)

【西暦不明5月15日、鏡の世界、つくば市・アンノウン・ベイビー学園】
《生徒が大臣を拉致した》アスカがインカムで伝える。
《何?》瑛士のとがった声が鼓膜に響いた。
《あたしが後を追う》
《ぼくがフォローします》アラタが冷静に反応する。
《鏡界部の鏑木さんが加勢してくれる。鏑木さんは左胸被弾。チョッキ着用。黒龍会を縛りあげるのを手伝ってあげて》
《鏑木です。相棒の紺野も加わります。よろしく》
《わかった。こっちが片付きしだい向かう》
 
 エントランスの扉には生体認証装置がついていた。ここも美しい鳥籠か。アラタがタブレットを接続し目にも止まらぬ速さで画面を操作していく。
「ロック解除しました」3分もかからなかった。
 エントランスの正面奥は中庭だ。AからHまでの8棟の学舎が広い庭を囲むように配置され、中央に尖塔がある。棟どうしはガラスの回廊でつながり、そのうちの4棟だけが十字に尖塔と結ばれていた。英国寄宿学校風は建物外観だけか。またラボと似た設計ね、とアスカはあきれる。これも利権がらみかしら。
「手分けしよう。あたしは右半分、アラタは左半分をお願い」
「了解。ロックは全館解除してあります」
 エントランスのあるA棟1階には特別室など来賓用の部屋があった。一つひとつ開けて確認するがどの部屋も無人だ。廊下をはさんで向かいの職員室にも教師の姿はなかったが、パソコンが並んだ机やリノリウムの床に血痕があった。まだ固まっていない血溜まりもある。窓ガラスには銃弾が貫通した後はない。
 ――おかしい。外の事件と内部の異変は無関係?
 アスカの警戒レベルが跳ねあがる。
《職員室に血痕あり。内部に人の気配なし》
《何があった?》瑛士が低い声で問う。
《わかりません》
《この時間軸の黒龍会のしわざかもしれん。気を付けろ》
《ぼくもそっちに向かいます》
 アスカはリボルバーに弾を補充する。山際から渡されたS&Wをこれほど活用することになるとは想定外だった。血痕は職員室前の廊下からB棟を結ぶ回廊へと続く。
 B棟では廊下の両側に教室が並んでいた。やはり人はいない。外で銃撃戦が続いているから避難しているのだろうか。ならば、慌てて避難した痕跡が残っていてもおかしくない。ところが、教室は使われている形跡すらない。整然と並ぶ机周辺に私物はひとつもなく、人肌からただよう温もりの残り香が感じられなかった。空き教室なのか。隣も向かいの教室も似たような状態で、使用されているようすがない。1階は予備のフロアなのだろうか。
 学舎に入ったときから、静かすぎることが引っかかった。建物全体が息を殺しているようなぴりぴりと肌を刺す緊張感が薄い膜のように空気に貼りついていた。
《アスカさん、すみません》突然アラタの切迫した声が飛びこむ。
《どうしたの》
《銃声が。そっちに行けそうにありません》
《だいじょうぶ?》
 アラタははじめての実戦だ。そもそも運動が得意でない。
《あたしがアラタの援護にまわる》おそらくキョウカはもう走っている。
 
 パン! 廊下の奥で銃声がこだました。
 こっちもか。アスカは近くの教室に飛びこむ。リボルバーをかまえ扉の陰から窺う。誰もいない。火薬の残煙がC棟に続く回廊の光に浮かぶ。
 異なる棟での同時多発的銃声。瑛士がいうように黒龍会による立てこもりだろうか。外の仲間を助けるための陽動かもしれない。
 
《アスカさん、すみません》
《アラタ、どうしたの》
《いえ、鏑木です》鏑木の低音に乱れがある。
《目を離した隙に、王龍雲ワン・ロンユンに逃げられました》
 アスカは声もない。
《脚に2発被弾しているので、通常なら歩くのも困難です。手錠をかけ銃も取りあげています。だが、復讐に囚われると人は何をするかわからない。気をつけてください》
《俺たちもあと一人片づけたら向かう。油断するな》
 「前門の虎、後門の狼」とはこのことか。後門のほうは正体がわかっているだけ、まだマシかもしれない。
《キョウカ、アラタと合流した?》
《もうすぐ》
《いまの聞いたよね》
《だからウィッグをはずした。また二人で一人作戦ね》
 あたしの分身はあいかわらず強気だ。
 どちらに向かうかわからない背後の敵よりも、目の前の銃撃だ。生徒や教師が監禁されている可能性が高い。それに長塚大臣も。誰かが流血している。急がなければ。ノゾミもいるのだろうか。それなら、なおさらだ。
 アスカは火薬の残像を追って階段をのぼった。2階に着くと階段の壁に背を貼りつけ、廊下を窺う。人影はない。飛び出そうとしたそのときだ。左ふくらはぎにナイフの切っ先が当たった感覚が走る。荒い呼吸音と何かを引きずる摩擦音がした。リボルバーをかまえ振り返る。
 カチッと乾いた微音が耳先をかすめた。
 額からぴゅっと噴水のように血を吹きだし、王龍雲が階段を転げ落ちていく。血潮のひと筋がアスカの白衣の裾に鮮やかな朱線をつけた。手錠で拘束された龍雲の手から短刀が離れ、カラカラと回転しながら落ちていく。アスカは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 ――あたしが撃った?
 リボルバーの銃口を鼻先に近づける。火薬のにおいはしない。あれはサイレンサーを装着した銃の音だ。
 ――誰が王龍雲を仕留めた?
 視線を階上に戻す。誰もいない。マフィアの内部抗争? 
 プシュッ。
 階段室の足もとに銃弾が刺さった。アスカは弾の飛んできた方角に向かって撃ちながら、もっとも近い教室に飛びこむ。廊下側の窓の下に身を隠した。が、ここは危険だ。上から狙われる。そういう観点で見渡すと、教室という空間には適切に身を隠せる場所がない。廊下側の窓を閉めると、銃撃で砕けるガラスが凶器となる。カーテンだけ引きその裾から一発撃つと、すばやくその場を離れる。盾にできるのは……教卓ぐらいか。
 教卓の後ろに移動し、リボルバーに弾を装填しようと銃口を下げたタイミングだった。すーっと何かが教室後方から滑空してきた。
「ひさしぶり、待ってたわよ」
 人工子宮器の格納庫であった謎の少女が目の前にいた。緑のひだスカートに半袖のセーラー服。ダークブラウンのゆるくカーブした髪。からかうような生意気な目。まちがいない。挑むように教卓に乗り出して肘をつき、両手に顎をのせて、アスカを見あげる。
「変なやつをぞろぞろと連れてきてくれたわね」
 アスカも弾を装填しながらにらみ返す。右肩に垂らした金髪が窓からの陽光にきらめく。
「撃たないでよ。あたし、丸腰なんだから」
 教卓に上半身をあずけ足をぶらぶらさせる。こちらを挑発しながらも、どこか子どもっぽさが残る態度も変わらない。
「子宮器格納庫以来だから、何年ぶりかしら。あたしにとったら数日前のことだけど。ところで、今は西暦何年?」
 アスカも挑むような態度で臨む。
「2055年の5月15日」
「2055年ですって」アスカの声が裏返る。
「そ、あれから19年。あんときは幽体で、ちょっと顔を拝みにいっただけ。そもそあの時点のあたしは、まだ生まれてもなかったし。けど、実体でも会ってるでしょ」
 片頬を鋭角にあげて生意気な笑みを返す。
「幽体?」
「幽体離脱を知らないの?」
「知ってるけど、そんなこと現実に……」
「あんたも時空をワープしてんじゃん。いっしょよ」
「そのリュック……あなたも目が見えない?」
「ほんと鈍いね。まだ気づかないの」
 あからさまに呆れ顔をする少女をアスカは見つめる。まさか……。
「……ノゾミ?」
 ふふん、と鼻を鳴らす。
 見えないことが信じられない大きな鳶色の瞳。ハーフアップにしたダークブラウンの髪。4歳のノゾミの面影があるけれど。たった2日で4歳の女の子が女子高生になって目の前にいることにアスカの感覚が追いつかない。抱っこをせがんだ幼子の無邪気さは消えている。
 アスカはリボルバーを腰にさす。気づけば銃声は止んでいる。
「あなたは、あたしと透の子?」
 ノゾミの頬にためらいがちに手を伸ばす。
 ノゾミはアスカを見つめ、肯定も否定もしない。
「さっき王龍雲を撃ったのは、ノゾミ?」
「あたしじゃない」と即答する。
「あんたが黒龍会の連中を連れてきたもんだから、計画が狂っちゃった」 
 唇をわずかにゆがめ、見えない目でアスカを見つめると、両手を頭の後ろで組んでくるりと背を向ける。
「さてと、急がないと手遅れになるよ」
 2日前には大きくみえたコウモリリュックが、小さく背に貼りついていた。

(to be continued)

第29話に続く。

 


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