アンノウン・デスティニィ 第27話「ラストファイト(2)」
第27話:ラストファイト(2)
【西暦不明5月15日、鏡の世界、つくば市・アンノウン・ベイビー学園】
至近距離でフラッシュをたかれたようだった。
光に包まれるとはこういう感じか、と瑛士は思った。光は強すぎると、逆に何も見えなくなる。
ざりっと、割れたガラスに擦られるような痛みが右足首に走った。アスカの脚に増えていく鮮やかな傷を思い出す。これが越鏡の刻印か。
稲光を受けた瞬間、瑛士は急ブレーキを踏んだ。
アラタの指定した地点は、建設中のアンノウン・ベイビー・ハイスクールを入ってすぐ。おそらく今回も「時」を超える。まだ建ってもいない建物の配置はわからない。トップスピードのまま突っ込むわけにはいかない。
キキーーーーッツ。
タイヤが高音の叫びをあげて鳴く。慣性の法則には抗えず、重量のある車体が一瞬前のめりになりかけたが、ブレーキを小刻みに調整して荒ぶる尾部をなんとか鎮めた。
振動がおさまったとところで視界が戻る。瑛士は外界に視線を走らせた。
白亜の瀟洒な6階建て学舎がそびえていた。ファサードが前に張り出したクラシカルなスタイルで三方にアプローチ階段がついている。ファサードの前に車寄せがあり、黒のリムジンがちょうど滑りこんできたところだった。無数のフラッシュが炸裂していた。
「バンクラボのエントランスの光景を思い出さない?」
視界が戻ったキョウカがアスカにいう。
《長塚大臣が視察に訪れました》アナウンサーのマイクが響く。
「げっ、人物まで同じ」
キョウカが舌を出す。今が何年かわからないが、まだ大臣職にあるのか。アスカも渋面でにらむ。長塚は寸詰まりで小太りな体型だったはずだが、後ろ姿はすこしほっそりとして背丈もあるようにみえた。
「そんなとこに停めないで。向こうの来客用駐車場に……」
警備員が大声で怒鳴り小走りで近づいてきたときだ。
ドン! グシャン!
何かがリアに激突し、シートベルトをしていても衝撃で体が浮いた。
ドン!
再び激突音がしたが、次の衝撃は軽微だった。
黒のベンツ2台と白のセダンが突如現れ、派手な音をたてて先行車に玉突きしていく。先頭はベンツのリムジンだ。3台が遅れてワープしてきたのか。かろうじて爆発炎上はない。
「降りろ!」
瑛士が叫ぶと、4人は低い軌道で前転しながら飛び降りばらばらの方向にぱっと散る。
続けざまのクラッシュ音に、エントランス前に詰めかけていた撮影クルーが騒然となる。4人はその混乱にまぎれる。アスカは腰にさしたリボルバーのグリップに手をかける。
2台のベンツからぱらぱらと黒スーツの男たちが現れた。各車から4人ずつ計8人が降り立つ。助手席側の2人がリムジンの後部座席の前に銃をかまえて立つ。
「そういうことか」という瑛士のつぶやきがインカムから聞こえた。「黒龍会のナンバー2王龍雲のおでましだ」
後部座席から小柄な男が降りたち、周囲を鋭い目つきで睥睨すると、くいっと顎を動かした。男たちが群衆に銃口を向ける。アスカは植え込みの後ろから龍雲の護衛に狙いを定める。
どさっ。
ベンツの後部座席から左右に降り立ったふたりの男が、ほぼ同時に膝から崩れた。白いセダンの床下を指さし中国語でわめく。駆け寄った男がセダンのオイルタンクを狙う。
パン! バン!
アスカの銃弾が先に男の手首を貫き、男は銃を落とす。男が放った弾は銃口が上がり空に消えた。すかさずアスカは男の額にもう一発お見舞いする。セダンの右サイドにいた男も膝から崩れる。キョウカか瑛士が仕留めたのだろう。その隙に床下にひそんでいたグレースーツが這い出て、低い姿勢のまま藪に飛び込んだ。
パン、パパン、パン! パン!
早くも4人倒されヒートアップしたか。ショットガンが無差別に火を吹く。
「きゃああああ」
混乱と恐怖の悲鳴があがった。マイクやレフ板をもったスタッフが逃げまどう。アスカは龍雲の左の護衛を狙う。一発で護衛が前のめりに倒れる。龍雲は自らの盾が倒れても眉ひとつ動かさない。右側の盾がすかさず弾道を読み、アスカが発射した位置に撃つ。アスカは樫の大木の裏に隠れたが、その左頬を銃弾が掠めうっすらと血がにじんだ。
バン!
アスカを狙った弾丸が樫の枝をゆらすのと交差して、右の植え込みから銃弾が走るのが見えた。撃ったのはアラタ?
うぐっ、という呻き声がひとつした。
バン! 最後の盾は沈みながら銃を撃つ。
アスカが樫の幹から半身になったときだ。背中に銃口が当てられた。足音もなかった。恐怖と驚愕で喉が干あがる。頭のてっぺんから血の気が引いていくのがわかった。指先が冷たくなる。
「これが何かおわかりですね。あなたは鳴海アスカさんですか」
アスカは唇を引き結ぶ。「そっちは?」それだけいうのがやっとだった。あちこちから弾響が聞こえる。
「鏡界部第一特捜係鏑木。加勢します。ただし条件がある。急所ははずしてください。やつらは捕えて取り調べる」
「わかった」と応じると銃口がはずされた。
「これをつけて」と予備のインカムを渡す。
「あたしが囮になる。王龍雲を仕留めて」
アスカはウィッグをはずす。金髪が風に流れる。『フォレストみやま』の名残りだろうか。学舎の両翼には緑陰の涼しい細い林が続いている。そこを不規則に駆けながらアスカは視線を走らす。ファサードにいる大臣をSP2人が盾になって守っている。撮影クルーは逃げまどい混乱していたが、なかには身を隠しながらもカメラを回している者もいた。
おそらく龍雲はアスカが囮であることは百も承知している。それでも弟の仇を討つために前へと歩を進める。そこを鏑木は逃さなかった。2発連射された。弾丸は確実に龍雲の太腿とすねをとらえた。にもかかわらず龍雲は崩れず、放った弾は鏑木の左胸を撃った。鏑木が沈む。
「鏑木さん!」アスカの足が止まる。
「だいじょうぶ、チョッキを着ている」
そのとき、目の端を違和感がかすめた。視線を向けると、長塚大臣のSPが2人同時に倒れた。
――黒龍会の弾丸に当たった? 同時に2人が?
アスカはハルニレの幹に身をひそめてファサードを窺う。混乱に乗じて、緑のひだスカートが誰かを背にかかえ扉を入る。銃撃戦に注意をとられ、誰も気づいていない。
その傍らにちらりとコウモリの羽のリュックが見えた。
(to be continued)
第28話に続く。
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