【ミステリー小説】腐心(30)
和也に背を向け、香山は紙袋の中をのぞく。女性の服が五着入っていた。
これは何だ、と声をひそめると、小田嶋はちらっと和也のほうをうかがう。被疑者には聞かせたくないということか。
腕時計で時刻を確認する。午後4時12分。
もうそんな時間か。取調室にこもっていると、時間感覚が麻痺する。和也の糸も切れそうだ。いったん休憩を挟むか。
すまん、と片手で田畑に和也の見守りを頼んで小田嶋と鑑識に向かった。
肺は紫煙を要求していたが、田畑に無理を頼んでいるてまえ、胸ポケットの上からハイライトの箱をなでるだけでがまんした。
照明のうす暗い階段を三階までのぼりながら、小田嶋がざっと説明してくれた。
小田嶋は宮下メディカルに鑑識係員の徳田他三名と乗り込んだ。営業日誌を検め、木本が7月10日に桜台四丁目の日下歯科医院の診療チェアの修理に立ち合っていたことをつかむ。徳田たちと別れ、日下歯科医院に立ち寄ってから帰庁。その足で鑑識をのぞくと、木本家を樋口とガサ入れしていた浅田チームもちょうど戻ったところだった。樋口は家宅捜査立ち合い後、桜台の現場聞き込みに向かったという。
「いいものが出たよと、浅田さんに紙袋の中身を見せられて」
「それが、これか」
紙袋をちらりとでも見せれば和也を動揺させられるかもしれないと、小田嶋は浅田を拝み倒して持ち出してくれたらしい。
「詳しいことは、浅田さんから」
小田嶋が鑑識部屋の扉を開ける。
「よく似たブラウスが寝室のクローゼットにもあったんっすよ」
浅田が証拠写真を長机に並べる。それらも押収しようとしたが、明日から着るものがなくなると抗議され、写真に収めるにとどめたという。
「こっちは、どこに?」
香山が問うと、浅田はにやりとする。
「和也の書斎のクローゼットですよ。隅に段ボールが三箱積まれてましてな。中段の箱にありました」
まあ、よく見てください、と浅田は押収したブラウスを机に並べる。
「デザインはよく似とるんですがね、ほれ、ここ」
浅田がタグを指さす。
「ロゴが違う。いずれも量産品なんで、おそらく似たデザインのものを探したんでしょ」
「佳代子は、他にもブラウスを持ってたか?」
「この五着以外では、水色のオーバーブラウスだけですな。これですよ」
30日に着ていたブラウスだ。小田嶋と顔を見合わせる。押収したブラウスには水色のブラウスはない。おそらく犯行後に、和也は捨てている。
「佳代子は水色のブラウスも含めた六着以外は持ってないのか?」
「ブラウス以外ですと、Tシャツが三枚、半袖のセットアップスーツが一着、ワンピースが二着と喪服。夏物の上衣はそんだけでしたよ」
「佳代子は、紙袋の存在は知ってたか?」
「ぐっちゃんが尋ねてたけど、知らない、とは言ってましたね」
真偽はわかりませんよ、と付け足す。
「どう考える?」と香山は小田嶋を振り返る。
「和也の単独犯の可能性が濃くなったんじゃ」
共犯なら事前に用意する服は一着でいいはずです、という。
香山も同じ推理だ。
「和也がウエステ駐車場入り口付近で待機していたのは、佳代子の30日の服装を知るためだった、と考えられませんか?」
香山は目で続けるように小田嶋にうながす。
「和也が偽装車で戻ったのが16時34分。いったん車庫に駐車してから門前に停めなおしたのが42分。8分もかかってます。書斎で着替えてたのでは?」
「そうだな、その線で攻めるか」
服装を知るためだけにウエステ駐車場で1時間半も待ち伏せしてたのか。レンタカーも佳代子のフィットに偽装している。
よほど佳代子に罪を被せたかったのか。夫婦間に何があった?
介護の感情のもつれだけではないのかもしれない。
動機はどこにある。
(to be continued)
第31話に続く。
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2024年中にもう少し捜査を進展させたかったのですが、中途半端になりそうなので、ひとまず、ここまでとさせていただきます。
事件の全容を年内に解明できず、申し訳ございません。
残っている謎は、「鍵」と「タオル」と「土」です。
佳代子は計画に加担しているのかも含め、年明けにできるだけ早く完結させる希望的所存です。
はじめてのミステリー小説のため、至らぬ点も多数散見される拙作をお読みいただいた皆様に、心より感謝申し上げます。
ことしも、拙著にお付き合いいただき、ありがとうございました。
2025年が、皆さまにとって、佳き年となりますように。