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手紙を書くということ

1円切手を買って、10年以上連絡を絶っていた友人にてがみを出した話を先日noteにしたためました。思えばわたしは昔から「てがみを書く」という行為がとても好きなのです。思えば自分の想いや考えを言語化する手段は子どもの頃から「1人芝居」と「書く」だった。「1人芝居」は現在も「散歩中の自分との対話」というもっともらしい形でまだ私の中に残っている。ブツブツ言いながら、川の土手や公園や森を歩いているおばちゃんを見かけたら、それは私です(笑)「書く」といえば、毎日ノート(今は赤いRollbahn)に何かしら思ったことを徒然なるままに書いているし、知らない誰かにも伝えたいことはこちらnoteでも時々書いているし、たまにはsnsで呟いてみたりもしている。そして私は今でも時々てがみを書く。
 

人生初!の文通

小学3,4年生のころ担任だった大好きな先生が産休・育休をとって実家の新潟(だったかな?確か)に帰ってしまった。その先生と交わした手紙が私の人生最初の文通だったと思う。庭の花が咲いたとか、習い事のお習字で級が上がったとか、運動会があったとか・・・記憶はないけどそんな他愛もないコトを書いて出していたんだと思う。ポストに自分あての返事が届いた時のうれしさは今でも覚えている。

AIR MAIL!というやつ(とFAX)

大学生になったわたしは、アルバイトをして小金を貯めては東南アジアの国々に行くようになった。同じ大学で一緒に旅をした友人が3年生の春休み(4年生になる直前)の旅でタイで働くイスラエル人と大恋愛をし、一緒に行って一緒に帰ってくるはずだったのに最後の滞在先のタイにもう少し残ると言い出し、わたしはなんと1人で帰国した。帰国して間もなく、彼女からAIR MAILが届いた。帰国をギリギリまで悩んだことや、この先どうなるかわからない不安、でも彼と一緒にいたい気持ち、これから控える就職活動どうしようか、そもそも卒業単位大丈夫かな、一緒に帰国しなかった申し訳ない気持ちなどなどが綴られたAIR MAILだった。返事を出しているヒマはない(彼女の履修届の提出期限が迫っていた💦)と、てがみを書いてFAXしたことを今でも覚えている。タイで彼が営む会社のオフィスだし、見られても日本語わかんないだろうと。まさかのFAX(笑)

 FAXで手紙といえば、バイクのレースでアメリカに行っていた男友達から、家のFAXに送られてきた手紙を思い出しました。彼はバイクの絵をドドーンと真ん中に書いて、周りになんだかメッセージ書いてあったな。そのメッセージがちょっと告白っぽくて、親に見られて「え????」って気まずくなったことを、noteを書きながら思い出しました(笑)

大学3年のころ、2ヶ月くらいオーストラリアにホームステイに行った際、母から何通かエアメールもらった記憶がある。当時は安く済ませるために便箋と封筒が一緒になった『エアログラム』というものがあってですね、ぎっしりと母の字が書いてあったなー。エアログラム・・・なつかしい。海外に住む友人に手紙を出すために、郵便局によく買いに行ったなぁ。調べたらもう廃止になってました。

コロナ禍!の文通

コロナになって時間を持て余していたわたし。散歩中のひとり芝居は相変わらず続けていましたが、てがみを書こう!と奥能登に住む姉のような兄のような、ときには母のようなセンパイに手紙を書いた。そろそろと届いてるはず・・・無事に届いてるのかなぁ・・・読んだのかなぁ・・・返事はくるかなぁ・・・耐えられなくなって「ねぇねぇ、わたしの手紙届いた?黒やぎさんが食べちゃった???」とLINEする(笑)「あ、いやいやちょっと時間が経ってしまったけど、返事をおととい出したから、たぶん今日あたり着くはずよ」と返信。なんて無粋で風流のないことをしてしまったんだ!!!現代人の哀しさよ。それでもヒマを持て余しまくっていた私たちは、レターセットを新調したり、美しい切手を購入したりして、しばらく手紙を交わし、秘やかな慎ましい楽しみを享受したのでした。

「ここに地終わり海始まる」の地!からの手紙

20年以上も前に読んだ宮本輝さんの小説のタイトル。地の終わりであり、海の始まりであるポルトガルのロカ岬から、先日北海道の田舎町に手紙が届きました。(札幌から引っ越したのですが、無事に転送されてまいりました!ニッポンの郵便局ありがとう)これまた前職で知り合って、お酒を飲んだり、飲まれたり、畑やマルシェを一緒にやったり、彼女を訪れてカンボジアに行ってみたり(だいたい飲んでいた)と会社という枠なんて越えに越えて付き合いのある彼女。そんな彼女が死ぬまでに必ず行くと決めていた場所であるロカ岬から手紙をくれた。わたしはと言えば、雪がしんしんと降る窓の外を眺めながら、ポルトガルの大西洋を見下ろす風の強いロカ岬を想像しながら、読みましたとも。はがきだから短い文章なんだけど、そこにいろいろな想いがギュっと詰まっている感じがして、貴重な旅の時間にわたしを想いながら手紙を書いてくれたということに感動して、意味不明だけど外国の香りがリアルにするかなぁとはがきのにおいを嗅いでみたり(笑)五感で楽しみましたよ。

この手紙をもらったときのワクワクは瞬間的なモノなんですけど、嬉しさというか喜びみたいなのはですね、じんわりじんわりとしばらく続く感じなんですよね。もう何度も読み返したのに、翌日も1週間後も1か月後も読みかえしたり、眺めたりしてニヤニヤ(笑)しちゃう。心の中がずーっとぽわーんと暖まってる感じ。昨今のSNSでのやりとりと何かが確実に違うのです。
これがやめられなくて、わたしは今日も手紙を書いています。
 
 わたしのかわいい姪・甥たちへ。「手紙を書きなさい」とは言いませんが、きみたちが学校の修学旅行や敬老の日などの一環で書かされた手紙を、字を覚えたての小さな頃に無邪気に広告の裏に書いたような手紙を、君たちの祖父母や叔母はなんども見返しては心を暖めてもらったことをお伝えしておきます。ありがとう。

 手紙にまつわるハナシはまだまだたくさんあるなぁと、作品を綴りながら思い出しています。携帯電話なんてなかった中高生の頃はノートの切れ端にメッセージを書いて、授業中にクラスメートを介して手紙を送るなんてことやっていました。30分後には休み時間だというのにね。そんなハナシもそのうち書いてみようかな。

最後までお付き合いありがとうございます。またこちらでお会いできたら嬉しいです。
 


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