見出し画像

古い手紙


大掃除しようなんて思っていなかったのに、何となくチラシ類の整理をしているうちに、(私にしては)大がかりな片づけになりました。そして、クローゼットの上の段のものを全部出してみると、古い手紙の入った紙袋がありました。ああ、こんなところに置いていたのか。

掃除の途中でこんなのを見てしまうと、手が止まるというヤツです。

母からの手紙

7年前に亡くなった母の手紙が多かったです。母はまめに手紙をくれました。「お菓子をもらったけど、食べきれないから」とか、「梅干しができたから」とか、よく荷物を送ってくれて、そこには必ず一筆箋の手紙が入っていました。

誕生日には、必ずきれいなバースデイカードが届きました。私が仕事や育児に頑張っていると、毎回褒めてくれていました。

母はきれいな字を書きました。細いボールペンで。

「毎日寒い日が続いていますが、お元気ですか。皆それぞれがんばっていることでしょう。チョコのお菓子をいただいたので、皆さんで召し上がって下さい」

なんてことのない手紙ですが、母の思いをたくさん受け取ることができました。有り難いことです。

今は、メールで済んでしまい、私は自分の子どもたちに、こんなに手紙をかいたことがありません。時代とは言え、自分の代で止めていることって、たくさんあるなと思います。


母校の高校
建て替えられている

同級生からの手紙

私の通った中学は、北海道の山の中にあり、一学年一クラスで、21人でした。卒業後、同級生は別れ別れになり、それぞれの道を行きました。ある男子の同級生と手紙のやり取りをしていて、その手紙も残っていました。

その男子は、中学卒業後は、工業会社の高校、元、職業訓練校のようなところに行き、寮生活をしていました。中学校の時は、周りに合わせてふざけているような子だったのですが、手紙からは、頑張って勉強している様子がわかりました。

家庭環境もあまり恵まれていなかったようでした。その中で、一生懸命に生きていたのだと思います。実家から高校に通う自分が甘く感じられました。

手紙にこうありました。
「お願いがあるんです。”努力!”と書いて送ってほしいのです。そして君の写真があったら、ほしいのです」

「努力」と部屋に貼って、頑張るということでしょう。ちゃんと書いて送ってあげたのか、記憶がありません。

今、どうしているのだろう。手紙を読み返しながら、胸が熱くなり、泣きそうになっています。


哲学の木(美瑛)

私の歴史

単身赴任をしていた父からの手紙もありました。両方の祖母からのもあり、筆跡を見て懐かしい気持ちになりました。そうそう、こんな字を書いていた。筆跡は、メールにはありませんね。

手元に残った貴重な手紙。九州から北海道へ。道内も引っ越しを繰り返し、四国を経て、また九州に戻るという自分の経歴を、図らずもたどることになりました。

夫は横を通りながら、「思い切って捨ててしまえば」と言っています。あなたはそうでしょうよ。大半はやはり捨てられないままです。何回も読み直す事もないとは思うのですが。

断捨離も、なかなかできません。私がいなくなったら、一切合切処分してもらう。そうする。やっぱり残された者は大変でしょうか。


*写真はすべて北海道。SLは小樽で。

いいなと思ったら応援しよう!