[SF小説]人工世界 ‐ The artificial world ‐ 1
「次は3人がかりか」
一人では分が悪いと判断したらしい。だが歴戦の兵士の前では、人数を増やしても同じことであった。両脇、そして後ろからくる敵の位置を足音で確認し、前に飛び出す。両脇からの突きをかわしつつ電柱を掴んで勢いを殺さずに反転、そのまま大車輪のようにして2人の頭部を的確に蹴り飛ばす。もう一回転した反動で3人目の膝の下に滑り込み、足をすくわれて倒れたところにスタンガンでとどめを刺した。
「流石だな、レン」
背後から声をかけられた。
「君ほどじゃないよ」
VRヘッドセットを外しながら振り返る。ハルトがダイエットコーラを飲みながらくつろいでいた。そんなものを飲んでいるからいつまでも痩せてるんだ。とはいえ僕も一本頂くとするか。踏み出した所で強烈なめまいと吐き気に襲われた。
「そっちも変わらないな」
ハルトが笑う。
「君みたいなネイティブゲーマーと一緒にされても困る。久々にダイブしたら3D酔いするのが普通なんだよ」
目をつむってダイエットコーラを飲む。甘さが不自然ではあるが、炭酸の刺激で吐き気が軽減される。最近のゲームは画質も音質もかなり本物に近くてリアルだ。その所為か現実の世界に戻ったときに3D酔いを起こしやすい。まぁ起こさない人は起こさないのだが。
「あんたまだやってたの? あらレン君いらっしゃい」
ハルトのお母さんが帰ってきた。お邪魔してます、と挨拶する。
「ゲームばっかりして。もっと役に立つことしたらいいのに。せめてスポーツとか」
「ゲームは俺に自信を与えてくれる。やれば出来るんだ、ってね。小さいことでも積み重ねれば世界だって救えるんだって」
ハルトが反論する。
「それにゲームだってスポーツだ。eスポーツだよ。知らないの?」
「あらそう。それじゃあ世界を救って、かわいいお嫁さんでも見つけてちょうだい」
言いながら、ハルトのお母さんは台所の方へ去っていった。子供のやることに理解が乏しいのは、どこの家でも同じらしい。
「本当にムカつくな。だいたい子供が何をしてたって自由だろうが......」
ハルトが悪態をつきはじめると、掃除機の音が近付いて来た。リビングへと入ってくると、ハルトの悪態が聞こえないくらいの音を立てて床を掃除しはじめた。お掃除ロボットのサンバだ。次の瞬間、急に音が止んだ。ハルトが止めたのだ。
「お前誰の指示で掃除してんだよ。調子に乗るな」
ホームボタンを押されたサンバが、リビングから出ていく。
「人間が使うために作られた機械のくせに思った通りに動かないとか一番イラつく」
ハルトはいつもロボットに厳しい。
「タイマーが今にセットされてたんでしょ? ロボットじゃなくてセットした人間が悪いんじゃない?」
「いや、ロボットのくせに俺の会話を妨害するなんて生意気だろ。けどたしかにタイマーをセットした母親も悪い」
「あんたは今学校にいる予定でしょ?」
ハルトのお母さんが通りながら言った。
「ちっ、分かったよ。じゃあ出かけるか。レンに見せたいものがあるんだ」
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