好きな服を着てるだけ、悪いことしてないよ――身だしなみ基準の緩和が相次ぐ小売企業
公益財団法人流通経済研究所
主任研究員 鈴木 雄高
はじめに、3つの文を紹介します。
①髪色も自由に!自分らしく働ける職場へ
服装ルール緩和で店舗ごとに個性があふれる店づくり
②従業員の多様性や個性を尊重し、身だしなみ基準の大幅緩和へ
髪色・髪型自由、ピアス・ネイルも制限緩和
③“自分らしさ”を尊重した身だしなみの新ルールを採用
価値の多様性、発想の多様性、働き方の多様性を促進し、
従業員の働く意欲の向上に努めます
これらは、小売企業が発信したニュースリリースの表題です。ニュースリリースが出された日付は、①が2022年3月16日、②が2023年9月4日、③が2023年11月10日で、①は1年半ほど前、②と③は、最近発表されたものです。
いずれも、従業員の服装ルール・身だしなみ基準を緩和することを発信するもので、「多様性」や「個性」、「自分らしく働ける/自分らしさを尊重」といった、共通する表現が見られます。
ちなみに、①は、ドン・キホーテなどの店舗を運営する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)、②は株式会社ベルク、③はウエルシアホールディングス株式会社のニュースリリースの表題です。
いずれも業績が好調な小売企業ですが、人件費の上昇などを受け、店舗従業員の確保には苦労していると思われます。好調であるからこそ、積極的に出店をしていきたいと考えると思いますが、多くの人に「このお店で働きたい」と思ってもらえるように、「自分らしく働ける」ようなルールを整備し、広く発信しているのでしょう。
ベルクのニュースリリースには、次のような記述がありました。
人口が減少していく局面において、小売企業が持続的かつ安定的に事業を行うには、対消費者の施策を磨き、CS(顧客満足)を追求することに加え、対従業員の取り組みでも、ES(従業員満足)を高め、競合他社に対して優位に立つことが欠かせなくなってきていると言えます。
ちなみに、コストコは、広大な倉庫のような店舗(コストコでは倉庫店と称しています)を運営するために、たくさんの従業員を必要としますが、時給1,500円以上(最低でも1,500円です!)という、破格とも言える好待遇で人材を募集しています。
書籍や雑貨、アパレルなどを扱う某小売企業は、アルバイトの時給が地域最低賃金と同水準と言われていますが※、自分の好きな商品の販売に情熱を注げたり、社員や先輩の指示通りに動くだけでなく自分の裁量でも行動できたり、身だしなみの基準は(PPIHなどの企業が緩和するよりも、はるかに)早い段階から自由度が高いなど、価値観が合う人ならば、働きたいと思えるような条件になっています。対消費者のマーケティングを考える際には、ターゲティングが重要ですが、この企業の場合、対従業員(採用活動)におけるターゲティングが、かなり明確だと言うことができます。
話を戻しましょう。
本稿で取り上げたのは、小売企業における身だしなみの基準が変わりつつあるという話題でしたが、それ以外にも、例えば、
レジのチェッカー担当者が座って対応するようになる
従業員同士の会話が今よりも許容される
仕事中の水分補給がいつでも可能になる
といったルール変更を行う小売企業が出現する可能性も、十分にあると思います。
「昔はレジでずっと立ってお客様の対応をしていたんだって」
「信じられないよね」
そんな会話が交わされる日も近いかもしれません。
米国では、"100 Best Companies to Work For"(働きがいのある会社ランキング)で、毎年、3位前後(2023年は4位)にランクインしているスーパーマーケットの Wegmans Food Markets を筆頭に、100位以内に小売企業が何社も登場しています。流通に係る調査・研究・コンサルティングなどを行う身としては、日本でも、働きがいがある会社や、働きたい会社のランキングに、小売企業が何社も登場するようになることを願いつつ、その一助になるような活動をしていきたいと思っています。
〈注釈〉
※OpenWork、enライトハウス、Indeedなどの求人サイトに掲載されているクチコミによる。企業による公式の情報ではない。