【取材】ロッテのサステナビリティ推進(中編)おいしさだけではない価値とは
こんにちは。中編では株式会社ロッテの、成長とサステナビリティのコンフリクトや、社内外への発信方法等について、前半に引き続き菅井さんと飯田さんにうかがったお話を紹介します。
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
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成長とサステナビリティのコンフリクトは「時間軸」の視点で解消される
――両輪の経営を推進するにあたって、成長とサステナビリティでコンフリクトは発生しないのでしょうか。また、発生する場合、どのように乗り越えていくのでしょうか。
飯田さん:これは社内の研修でも話しているのですが、企業は社会の公器であり、稼いだ利益をステークホルダーに還元するという役割を有しています。従業員への給与、納税、株主への配当、事業への再投資によるサービスの拡大などが、企業が事業活動を通じて行うステークホルダーへの還元です。そのような前提とすると、稼いだ利益の使い道として、成長とサステナビリティはコンフリクトするのでは、という話になるのですが、実際はそうではないのです。
実はそこに「時間軸」の視点を入れると説明することができます。例えば、人権の問題は、将来的に事業継続に関わる大きなリスクとなることから、そのリスクに対応するという意味で長期的な利益、成長には不可欠である、という話をしています。
とはいえ、サステナビリティにかかる足許のコストは無視できませんので、社会の変化に合わせて、事業とのバランスを見ながら進めていけば、基本的にはコンフリクトはしないものだと考えています。
――コンフリクト解消には「時間軸」の視点が必要ということなんですね。御社は非上場企業ですが、上場している企業と比べて長期的な考え方が許容されやすい側面があるのでしょうか。
飯田さん:そうですね。ちょうど今のESG目標を見直そうと思っており、現在2028年目標のものを、ロッテ100周年である2048年をベンチマークにアップデートします。カーボンニュートラルの議論などもそれくらいの長期スパンなので、社会の変化とともに、または一部リードしながら、当社の事業をサステナブルに生まれ変わらせるというコンセプトで、近々アップデートを予定しています。
上場企業に比べて情報開示の圧力が強くないので、自分たちにとって本当に必要なものに集中しやすい環境にあると思います。例えばTCFDにしても、上場企業だとどうしても情報を開示することが目的みたいになりがちかもしれませんが、TCFDは本来気候関連のリスクと機会に適切に対応するためのフレームワークであって、自分たちのリスクと機会がどこにあるかということをきちんと分析して、対応していくためのものです。ロッテではTCFDのフレームワークをリスクと機会の分析に使用し、その結果を開示していきましょうという風に本来の目的で活用しています。
中小企業のサステナビリティの取り組みは、注目されやすい今がチャンス!
――これからサステナビリティに取り組もうとする企業(中小食品小売業等)にアドバイスするとしたらどのようなことでしょうか。
飯田さん:当社のサステナビリティの取り組みはまだまだ道半ばで、偉そうにアドバイスするような立場にはありませんが、一担当者として日々感じていることを申し上げると、今は特に、少しの取り組みでも、それをちゃんと社外に出すことですごく評価されやすい状況で、特に中小企業の方が評価されやすいと感じています。
それは例えば、人権でもサプライチェーン全体での取り組みが必要ですが、企業によって理解や取り組みに差があるのが現状で、その差は大企業と中小企業で大きいことが課題であると感じています。我々からすると中小サプライヤー様が取り組んでいただけるならば本当にありがたいというような状況ですし、もっと多くの企業に取り組みが広がってほしいです。国もサステナビリティ推進を求めていますし、大企業はやっていて当たり前でも、中小企業はちょっとやっただけでもすごく光が当たる「今がチャンス」なんじゃないかなと思います。
――やり方のアドバイスはありますか?
飯田さん:大企業の真似をしない方がいいのではないかと思います。当社も業界の先進企業の取り組みを参考にするのですが、やはり事業内容が異なる会社とまったく同じことはできないと感じます。ベストプラクティスばかりを見ると、自社の現状とのギャップに疲弊して、どこから手を付けていいかわからない状態に陥ってしまったりするので、あまり意識しすぎない方がいいと思います。
――そこで、飯田さんはどう動かれたのですか?
飯田さん:当社はサステナビリティの取り組みを始めるのが他社よりも後発だったので、ベストプラクティスをたくさん見たのですが、自分たちの事業を振り返った時に、自分たちにとってあまり意味のないものはどんどん切り捨てていって、コアとなるところ(マテリアリティ)から取り組み始めました。
――やはりマテリアリティから始められたのですね。
飯田さん:そうです。ただ、マテリアリティを決めるときに、大企業のようにマテリアリティを数多く設定すると大変なので、やはりフォーカスをしぼって、尖ってやるというのがいいのではないかと思いますね。例えば、会社によるとは思いますが、外国人の労働者が多いところであれば、ダイバーシティから取り組もうとか、男性社員の割合が多いなら男性育休から取り組もう、とポイントを絞るという感じです。そして、その取り組みで少しでも成果を上げてPRすれば、きっと「あの企業は進んでいる」と世間からの注目も集まるだろうし、そうなると自然と次のステップに進んでいくのではないかと思います。
――なるほど。看板プロジェクトを一つ打ち上げて、それで成果を出すみたいな感じですか。御社の場合はそれがカカオの人権デューデリジェンスや「噛むこと」の取り組みなのでしょうか。
飯田さん:そうですね。それらには特に重点を置いて取り組んでいます。持続可能な調達の中でも、カカオ豆については日本国内で当社が使用している量を考えても、力を入れて取り組むべき社会的責任があると感じています。
社内への発信はポスターや表彰、お客様へは独自のエコマークで
――自社のサステナビリティの取り組みをさまざまなステークホルダーに発信することについて悩みを抱える企業が多いようです。うまくお伝えするための工夫や反響の大きかった方法はありますか?
飯田さん:当社もまだ手探りの状態です。社内の情報発信で言えば、特に工場の現場でサステナビリティという言葉を使うとピンとこない反応をされることもあります。一方で、工場が過去からずっと省エネを頑張っているということは、サステナビリティを実践しているということなのです。そういう日々の仕事がどうサステナビリティに繋がっているかをわかるようにするということを心がけていて、ポスターを作ったり、工場長からそういうことを言ってもらったり、地道なところから社内向けの発信をスタートしています。
加えて、社内の「ロッテアワード」という表彰制度の中に、ESG賞を作って、「工場でCO2が〇〇%削減できるような新たな取り組みをした」といった環境関連の取り組みや、残業を削減する支店の取り組み、産休を取るための制度設計など、サステナビリティにも光を当てるようにしています。
お客様への発信に関してはブランドが一番の接点だと思っています。それぞれのブランドでの取り組みをアピールしています。
また、パッケージに「スマイルエコマーク」などの表示をすることで、ブランドや商品を通じて訴えたりすることが有効ではないかと考えています。
――サステナビリティの取り組みを進められて、周囲から何か反応はありましたか?
飯田さん:小売業様はやはりすごく感度が高いので、営業担当からも「(サステナビリティの取り組みを)やっていてよかった」というような話を受けることも出てきています。
他にも、サステナビリティレポートなどのレポート類をきちんと整理すると、たとえば先日の貴所の流通大会での講演の際にも聴衆の方から「ロッテさんのレポートを参考にしています」と言っていただけたりもするので、そういうときは私たちもすごく嬉しいなと思いますね。
また、従業員は重要なステークホルダーですが、国内の労働市場がこれだけ流動化していると、特に、20代、30代などの若い世代は働きたい会社でないと離れていってしまいます。競合他社と比べて、古い働き方を続けていたり、環境に配慮していなかったりすると選ばれません。働きたい会社でなきゃいけない、そっちの方が切実だなと思います。
社会貢献と事業業績の両立 KPI「噛むこと」の取り組み
――両輪の経営を進める上で、キシリトールや「噛むこと」の推進を目標に掲げることには社会貢献性と収益性の両面を追求するという意味で、大きな意味合いがあると思いますが、貴社内ではどのように認識されていますか?また、これら以外にもこうした社会性と収益性の両立を示す目標はありますか?
飯田さん:社会貢献性と収益性の両面を追求するということは、ESGの中でもとてもプライオリティの高い取り組みだと思っており、我々も今、必死に模索しているところです。サステナビリティの取り組みは事業活動における負の影響を減らす方向(マイナスをゼロに)と、新たな価値を生む方向(ゼロからプラスに)があると思うのですが、往々にして(マイナスをゼロにする)リスクマネジメントに寄ってしまいがちだからこそ、(プラス方向の)旗印は重要だと思っています。
――こうした両輪の経営を進めるためのKPIを意識的に増やしていこうというお考えはありますか?
飯田さん:目標だけをむやみに増やしていくのはちょっと違うのではないかと思っていて、例えば、「健康食品の数を増やす」という目標を掲げて、お客様が求めていないものを作ってしまえば、独りよがりなものになってしまいます。
キシリトールや「噛むこと」はロッテの祖業であるチューインガムに通じるものであり、長年やってきたことです。それをちゃんとサステナビリティなのだと光を当てるために目標をつけているという面もありますので、新たな芽が出てきた時に、それを盛り上げるために次の目標を作ればいいのかなと思っています。
ロッテはウェルビーイングな価値提供と持続可能な社会の実現に貢献することで「しあわせな未来」をつくる
――牛膓栄一社長(当時)は2024年、「ウェルビーイング(心身の幸福や健康)の追求がキーワードになる」とおっしゃっており、チョコレートとウェルビーイングに関する調査をされるなど、かなり「ウェルビーイング」に注目されているように思います。注目している理由や、社内での動き、今後の展開についてお伺いしたいです。
飯田さん:私たちは「独創的なアイデアとこころ動かす体験で人と人をつなぎ、しあわせな未来をつくる。」というパーパスを新たに掲げました。コロナ禍を経て、お客様の購買行動も変わった中で、ロッテそのものの存在意義や、我々がお客様や社員に提供する価値を再定義し、それぞれが一緒に目指す北極星を示す必要を感じました。
パーパスの中の「しあわせな未来」とは、サステナブルな社会の実現であり、そのためにはステークホルダーにウェルビーイングな価値を提供していく必要があると考えています。ウェルビーイングとは、心身ともに健康で、かつ、社会的な面(例えば、環境や人権への配慮など)も重要であり、我々の存在を見直したときに、やはりウェルビーイングというのは外せない提供価値であると再認識しました。
チョコレートに関しては、ロッテがチョコレートの事業を始めて今年でちょうど60周年ということもあり、原点に戻ってそういった取り組みを推進しています。
これらのウェルビーイングに関する取り組みは、今までにお菓子を通じてロッテが提供してきた、おいしさだけではない、「楽しさ」や「人とシェアする」といった価値に、新しい言葉やしっかりした考え方によって改めて光を当てたと認識していただけたらなと思います。
※中編では、ダイバーシティ推進への取り組みと、多様性についてうかがったお話を紹介します。
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