彼を可哀そうに思ったのは、自らが"独り暮らしの中年”になってからだ。 正確に言うと、それまでに二度ほど、そんな感情になったこともある。 小学生の頃から図体がデカく、それをメリットにできないほどにドンくさく、家は貧乏ときた、勉強も運動もダメな子供。それがマンモだった。 彼の巨体をマンモスに例え、苗字にもかけて”マンモ”と名付けたのは、もしかすると僕だったかもしれない。 その頃の僕は、トンチだけが取柄で、クラスを笑わせて得意になっているチビだった。いつもネタになる標的を探し
兄は自宅近くのバス停から、隣町の高校に通っていた。 山口県の片田舎。川沿いの県道を走るローカルバスに乗って。 運動嫌いで、チビ・デブ・そして若ハゲで、幼いころから近所の子供たちと遊ぶよりも、自室で本を読むのが好きだった兄。 それから30年近くの時差はあるが、同じバスで通っていたのが、今をときめくYOASOBIのAyase。稀代の才能を持つAyaseと、変わり者で、友達も少かっただろう兄。 その兄が死んだ。孤独死だった。 職場から、2週間ほど連絡が取れない旨、連絡があった
~最後の旅を提供する旅行代理店「ラストホリデイ」を営む男。 ある日舞い込んだ依頼は、地位も家族もある同世代の男から。 どこかに"同じ匂い"がする依頼者を追う男が見つけたものは~ ****************************** 「『最期の旅』はお任せを! ラムを嗜みながら南の島で? 流氷を見ながら白熊の一撃で? そんな願いを叶えます」 「んー、えっとさぁ、『願いを叶えます』ってとこ、なんだろなぁ、サービス精神を感じないんだ
最期にコメを食べたのは、コロナ前の5年程前だったろうか? 当時、私の体重は83㎏もあり、170程の身長には明らかに太りすぎだった。 ボディメイク雑誌の定番”ザ-タン”には、 「引き締めボディのモデルは、NO!ライス生活」やら、 お昼の情報番組では、コメを食べることの愚かさ。 「日本人の5頭身はコメ食が元凶」やら、まるで戦犯扱いであった。 ところがそれを鵜呑みにし、試してみた”感度高めの人々”に、大した変化は見られなかった。 コメ抜きブームが過ぎたころ、ライフスタイル雑誌”
米露の緊張に挟まれ、経済的にも地理的にも危険極まりない日本。 モノ言えぬ政府は、新たなカリスマの登場を渇望していた。 とはいえ、国内で程度の低いいざこざを繰り返す政治家たち。 どの党がカリスマを排出できるのか? そんな中で(他よりは)柔軟な思想を持つ党は、弁がたち、得意分野を持ち、熱烈なファンを持つYoutuberに目を付けた。 お経を聞くかのような退屈な政見放送。 中学生さえ失笑する滑稽なヤジや牛歩戦術。 危険極まりないうえに、それほどの意味のない街頭演説。 脂ぎった
恋愛相手を定期契約するサービスが誕生した。 少子高齢化に悩む政府は、”婚活協議会”を立ち上げ、若者が恋愛しない理由を調査。定番の「経済的負担」や「メリットの少なさ」に加えて、課題が浮き彫りにされた。 “出会いの少なさ” この課題を踏まえた上で目標を「少子化対策」に置く政府は、議論の末に新たな法案を可決した。その名も、 “サブスクリプ婚” 具体的には、 「恋愛関係を予め選んだ契約期間とし、適時延長を協議すること」。 これにより適齢期の国民は多くの異性との出会いを創出さ
夜7時、テレビを囲む一家。 ペナントレースの最中、父は推し球団の不振に機嫌が悪い。 なら見なきゃいいのに、打たれた投手にやれ「バカたれ」など威勢がいい。 二死満塁で主砲が登場。一打逆転! という瞬間、飛び込むニュース速報。 野球に飽きていた息子が画面を見やる。 その顔には台風の時と同じような、不安とワクワクが同居する。 「日本海に弾道ミサイルが発射されました。N国のものとみられます」。 ほのかな期待を裏切られ、「またか」とばかりに面白くない息子。 いっさい気に留めない父
昼は企業の部長と派遣デスク。 夜はおっパブ嬢と常連客という間柄の二人。 その関係は、次世代のビジネススタイルだった。 <本文> 新たなビジネスを生み出そうと模索する企業、A社での話。 派遣女子社員B と、やり手のC部長。 オフィスでは平然と業務にあたる。 業務内容は、上役に部内の営業収支と改善策を報告する資料の作成。 親会社でお役御免となり、天下った役員連中からの、暇つぶしがてらの難癖を回避するために作業を繰り返す。地雷除去のように。 Bは二年半の経験でツボをおさ
不用意な発言や言葉の暴力による事件の多発。コンプライアンスの高まりを受けて、会話にパスワード入力が義務付けられた。 <本文> PW入力:0801 「・・・ってことで、・・したんですわ。」 PW入力:1067 「なんでやねん。」 PW入力:0801 1067 「どぅも、ありがとうございましたー。」 義務付けられた「発言のPWロック制度」により、ボケとツッコミの間を遮られ、漫才のライブ鑑賞は激減した。 饒舌な政治家が不用意な発言で顰蹙を買い、リポーターに追い回される。 人
昼は会社員、夜はキックボクサーの男 「手ぇだせ!」「ビビんじゃねぇよ。」 客席から、セコンドから、容赦ないヤジが飛ぶ。 「うるせぇ、お前がやれよ。」 息があがる。体の酸素が薄まり、力が入らない。 回る回る、リングを回る。 リーチのある奴は、中央に陣取って圧をかける。 真正面から前に出ると、長いパンチを食らう。 動いて、ジャブで切り込むタイミングを探る。 ロープを背にすると疲れる。自分の呼吸を忘れ、相手に呑まれる。 回る回る、社会を回る。 金を回して食い扶持をつくり、社
高層マンションの5階に、私は妻と住んでいる。 医師という職業のわりには高尚とも言い難い我が家だが、勤務医の私にしては奮発したはずだ。それでも、高層階と低層階という比較対象があると、ヒエラルキーをめぐるマウントの取り合いが生じるのも、人の心理として否めない。 ジェンダーレスが叫ばれる昨今だが、未だ「妻は家で家庭を守る」という観念が払しょくできていない。別の視点で見ると、いわゆる富裕層ほど妻は家庭に入ることを望み、雇用機会均等を叫ぶのは中間層に多いように思える。 妻とは飲み会
“貧乏旅行”すら想像できない学生なので、休日はだいたいアルバイト。割のいいのは日当の出る現場仕事で、引っ越しの助手がおいらの“定職”だった。 朝6時半に事務所に行くと、仕事前のドライバー達が円卓を囲んでワイワイと、「昨日のパチンコはどうだった」だのなんだの。 体で稼ぐ彼らは揃って体格がよく、作業服がよく似合う。その片隅でおいらを含めたバイト連中が肩身狭そうに作業服に着替え、今日どのドライバーにつくかシフトを見ては、安堵したり落胆したり。 この組み合わせがその一日を決める。
世間の目が冷たいのが、ウチの会社の定番。 サラリーマンには上々の待遇と、国をも動かす(?)とされる謎の政治力。 芸能人との交友や、政財界のボンボンのコネ入社。 24時間働くアグレッシブ、裏返すとブラックなイメージの実態は、そのほとんどが下請けの苦行によって成り立っている。 その子会社ともなると、プライドと劣等感がブレンドされる。似たような環境に育ち、学校も同じだった者が、片や一流・片や二流の人生を約束された何とも言えない闇に包まれている。 田舎から、勉強もせずにアルバイト
クリック一つで買い物ができる 初対面でも、共通の趣味を楽しめる。 外出しなくても、料理を届けてくれる。 個人情報を入力せずに、コミュニティに入れる。 若者に負けるかと、変なダンスを世界に披露できる。 怪しい集団が、「オレオレ詐欺」で、進化に遅れた老人を食い物にした。 善良たる企業が、老眼には見えず、現役世代には見る暇のない長い約款を 「次へ進む」でパスさせて罠にはめ、骨までしゃぶりつくす。 パスワードは随時更新を求められ、1人につき、3つも5つもあり、 加入した覚えのない