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【観劇感想】内野聖陽さんひとり芝居「芭蕉通夜舟」で学んだ実年齢から離れた芝居について

※ネタバレ注意

先日、諸々の行き違いがあり朝5時の新宿に取り残された。
ほぼ完徹状態の朦朧とした意識のなか、丸一日空いた予定をどう過ごそうか考えたところ、(そうだ、内野聖陽さんのひとり芝居を見よう)と唐突に思い立つ。

それから眠気で電車を乗り過ごしたり帰ってきたり、ルノアールでモーニングを食べたりして時間を潰して昼前。
周りに引かれない程度にふらついた、ゾンビのような足取りで紀伊國屋サザンスターTAKASHIMAYAにたどり着く。

当日券を(年齢ギリギリにも関わらずU-30の適用をしれっと要求し運転免許証の生年月日を二度見されつつも)手に入れ、ビル向かいのケバブサンドに惹かれて注文。

店員に「はい、お嬢様」と言われながら差し出されたケバブ。
どんな反応を示せば良いのか分からないまま、ゾンビのように青白い顔で受け取って食べ、再び劇場へ戻る私。

社交辞令と取るべきか、外見が幼く見えすぎるせいと取るべきか。
直近で高校生の真似事をして、少女の振る舞いをインストールすることになった私は、まだアラサーに戻りきれてないのかななんて、下らないことを考えながら客席に座る。

まもなくして幕が上がった。

内野聖陽さんが作中から飛び出て観客に語りかける。
ともすると白ける恐れがあるメタな演出なのだけれど、そこは流石の内野さん。
しっかりと客の心を掴んで場内を沸かせる。

初めて生で拝見したのだけれど、通る声と強い体幹、滲み出る茶目っ気が、見る者の目を惹きつけて離さない。

なるほどこれが舞台出身の一流役者か。

私は少し前に、映画「黒い家」を観たのだけれど、そのときから二十数年の年月を重ねてもなお、生き生きとしたフレッシュさを感じる。
位置付け的にはベテラン役者のはずなのに、これから世を轟かせる若手を見ているような、不思議な気持ちになった。

若年の芭蕉。周りでサポートする若者4人と見比べると若手でないことはであることは明らかなのだが、なかなかに味わい深い。

物語が進み、中年以降の芭蕉になる。今度は実際の内野さんより年上の役どころである。
中年の芭蕉。表情や所作の端々に俗物めいた欲深さ、そして少しだけ老いの陰りを感じる。
高年の芭蕉。解脱したかのような穏やかな表情に、肩の荷が下りたかのような穏やかさを感じる所作。

なるほど「年寄り」の演技はひとつではないのだな。

そう感心しつつ観ていると場面が変わり、手拭いを頭に巻いた船頭が出てきた。
腰が曲がり哀れで弱々しく、しかし俗世の執念を捨て切れていない老人。

西の言葉で話すものだから、うっかり私の亡くなった祖父を思い出して泣きそうになる。
そうだ、祖父はそうやって人に話しかけるときは片手を甲から持ち上げて差し出すのだった。入れ歯を抜いた口元でもごもごと語るのだった。

まるで生前の祖父に再び会ったような心持ちで、震えながら見ていると、気付いたときには幕が下りていた。

なんてことだ。私はたった一時間半の間に3種類もの「年寄り」の演技を見られたと同時に、祖父の面影にも触れられたのだ。

ああ、夜明けの新宿で思い立って、これが見られて良かった。

私は自身が数ヶ月後にやることになった16歳の役どころの振る舞い方について思いを巡らせながら、芭蕉の一生と内野さんの年齢を超えた演技を頭の中で反芻し、帰路につく。

どう演じよう。私ならどう演じられるだろう。
徹夜の眠気が吹き飛んで、少し充血した目をぎらつかせて考える。

これだから観劇はやめられないのだ。


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