大人の「現代文」70……『こころ』東京での奥さんお嬢さんとの出会い
奥さんお嬢さんとの深まる関係
先に進みましょう。下十から十八のKが登場するまでの先生と奥さんお嬢さんとの関係が語られる部分です。ざっと内容を確認します。
故郷と絶縁し、お金に不自由のない先生は、東京に出て小石川で家探しをします。すると、ある軍人の遺族(未亡人と娘)が「素人下宿」の借家人を探しているという情報を得て訪ねます。未亡人は即座に入居を許可してくれました。部屋には琴があり花が生けてありお嬢さんを紹介され、先生の心に異性という新たな世界が開けます。当時先生は叔父の一件で厭世的になっていました。人は信頼できないという観念が骨の髄までしみこんでしみこんでいました。ただ、金に対しては人類を疑ったけれども、愛に対しては疑わなかった。先生はお嬢さんを好きになっていきます。
奥さんは先生を鷹揚な人と評価し始めます。先生の警戒心や厭世観も次第に薄らぎ、先生はその親子と打ち解け始め、世間話もするようになります。先生はお嬢さんへの恋心をだんだん意識し始めます。奥さんは先生と娘を接近させたがっているようにも見え、警戒しているようにも見えました。若い先生には奥さんの行動が理解できませんでした。というのも、先生は、お嬢さんを、性を意識した存在としてではなく、お嬢さんを見ると自分が気高く美しくなるような一種信仰に近い愛を感じていたからです。
しかし、更に時間がたつと、奥さんの行動もさらに理解できるようになりました。先生は思いきって、自分の身の上話をして、すべてを打ち明けました。こういう事情だから故郷には二度と帰らないというと奥さんは感動し、お嬢さんは泣きました。
その話の後、奥さんは先生をまるで親戚であるかのように扱い、当初は快かったものの、また先生の中にある猜疑心が芽生えるようになりました。奥さんも叔父と同様一種の策略を持っているのではないかという疑念です。しかも、それにお嬢さんも加わっているのではないかという疑念すら生じてしまいます。しかもまた一方でお嬢さんを信じるという気持ちも強く、矛盾した気持ちに身動きできなくなりました。時に思い切ってお嬢さんへの結婚を申し込もうかという気持ちも起きましたが、何か人の手に乗せられるようで行動できませんでした。
そんなある日、先生は、奥さんお嬢さんと連れだって日本橋に買い物に行きました。それを友人に見られ、いつ結婚したのか、細君は非常に美人だとからかわれました。それを奥さんに話すと、「定めて迷惑だろう」と言って私の顔を見ました。先生は話をそらしてしまいます。すると奥さんは、「お嬢さんを早く片付けた方がいいか」と突然聞いてきました。先生はなるべくゆっくりが良いだろうと答えると、奥さんも自分もそう思うと答えました。
というわけで、もう一突きで、結婚発表の風船がわれるような状態まで、探り合いが行われ、話は発展しているところに、Kが登場するのです。
で、ここまでの、先生の告白の軸は、「その人は信用できるか否か」という一点に絞られると思いませんか?